駆込み訴え

太宰治『駆込み訴え』 これはよくできている話。主人公はイスカリオテのユダ。ユダがイエスのことを後から述懐するという形式。 ユダが、イエスに惚れ抜いているにもかかわらず、また他の弟子たちをまったくバカにしており、実際にイエスの周りのことを切り…

ピカレスク 太宰治伝

猪瀬直樹『ピカレスク 太宰治伝』小学館、2018 電子版になったものを買ったが、これは傑作。表題は、太宰治その人が悪人であり、彼の生涯そのものがピカレスク・ロマンだったということ。 弱い人間で、だから3度心中し、5度自殺を企て、最後に死んでしまった…

非リア王

カレー沢薫『非リア王』講談社文庫、2019 カレー沢薫の新刊。これはコラムをまとめて本にしたもの。しかし一つのコラムではなく、「非リア王」「IT用語」「時流漂流」の三つのコラムを無理やり押し込んでいる。まあ、なんでもいいけど。 コラムそのものは、…

評伝 小室直樹(上)

村上篤直『評伝 小室直樹』(上)、ミネルヴァ書房、2018 大冊。上下2巻で、1500ページくらいある。辞書みたい。 中身は最高におもしろい。小室直樹、著作は読んでいたが、「変人」ということくらいしか知らなかった。ただの変人ではなく、破天荒な人。 若い…

東京八景

太宰治『東京八景』 これは太宰のダメ人間っぷりが(またまた)露骨に出た作品。というか、この小説に出てくる「H」は、最初の妻、小山初代だろう。 原稿のことといい、失敗した新聞社への就職といい、大学を卒業できないことといい、ダメダメだらけ。そして…

補給は大事!

LELF chem125『補給は大事! 海上護衛のお話その2』2018 これは薄い本。その2ということなので、前に同様の本が出ているはずだが、それは不知。ほとんどが図表。 基本的にわかるのが、主要目的港、船団数、隻数、トン数。あとは航路ごとに、投入船舶、…

本居宣長

田中康二『本居宣長』中公新書、2014 これは宣長研究者による本居宣長の伝記。宣長の生涯を、著作とともに追いかけている。 宣長の思想を一言で取り出すというようなことは不遜なことだと言っていて、宣長の著作をひとつひとつ検討して、その主張や方法を説…

100歳の台湾人革命家・史明 自伝

史明(田中淳構成)『100歳の革命家・史明自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』講談社、2018 著者は1918年台湾生まれ。もう101歳。台湾の大地主の家に生まれ、台北一中を中退して、早稲田高等学院から早稲田の政経を卒業。そこで共産党に…

江戸の思想史

田尻祐一郎『江戸の思想史 人物・方法・連環』中公新書、2012 江戸期の思想を網羅的に概観した本。主要な思想家の著作が一通り概観されているほか、教派神道などの民衆宗教にも言及されているし、もちろんナショナリズムとの関連についても触れられている。 …

雨の降る日曜は幸福について考えよう

橘玲『知的幸福の技術』幻冬舎、2009 2004年に出た「雨の降る日曜は幸福について考えよう」を改題した本。全半部分は、もとは日経日曜版の連載で、資産選択や資産形成についての内容が中心。 後半部分は、政策論、正義論のような内容。著者のリバタリアニズ…

東洋史上から見たる明治時代の発展

桑原隲蔵『東洋史上から見たる明治時代の発展』 これはまあ、つまらない。大正になってから、桑原隲蔵が明治時代を絶賛した文章。日本は東洋一!というようなもの。当時の人だから当然だが、支那は遅れており、日本こそ支那を教え述ぶるもの、こんな時代はい…

時の流れ

鈴木大拙『時の流れ』 これは時間についてのエッセイ。時間はいつも流れていると見えているが、川の流れのように時間を外から眺めることはできないので、人間が時間を見ていると思っているのは、じつは時間の干物だという。 それでも人間の中には、「天上天…

僧堂教育論

鈴木大拙『僧堂教育論』 タイトルのままの内容、つまり僧堂教育をどのようにすべきかということが書いてあるのかと思ったらそうではなく、僧堂教育はありがたいということだけが書かれていて拍子抜けした。 著者も日本禅仏教など、ほとんど滅亡寸前であるこ…

民主主義の死に方

スティーブン・レヴィツキー、ダニエル・ジブラット(濱野大道訳)『民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道』新潮社、2018 これはけっこう書評にも取り上げられ、話題になっていた本。しかし読んでみるとバカっぽい。 前半の事実の叙述部分はそれ…

留魂録

吉田松陰『留魂録』 吉田松陰の遺書。冒頭に「身はたとい 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」の辞世がある。 しかし内容は、ちゃんと注がないとわからないもの。中国の忠義の士くらいはいいとして、遺書だから具体的な人名や物事が出てきていて、…

村の学校

ドーデ(鈴木三重吉訳)『村の学校』 これ、青空文庫では「実話」と書いてあるのだが、読んでみるとどうも実話っぽくはなく、明らかに「最後の授業」の習作っぽい。「ハメル先生」が辞めたあとにきたドイツ人教師の「クロック先生」の話。 「最後の授業」が…

男の子を見るたびに「戦争」について考えます

小川未明「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」 これもエッセイだが、よりアホっぽい。 内容は今生きている人でもいいそうなこと。戦争反対、男の子のことが心配だというもの。それに加えて、第3インターナショナルやキリスト教が平和の助けになる…

書を愛して書を持たず

小川未明『書を愛して書を持たず』 小川未明の本エッセイ。しかしこの文章、要するに蔵書は持たないと言っている。今のように図書館やら何やらにはあまり頼れない時代だが、だったら本は持たないというのはどうなのか。 金がなかった頃は蔵書の一部を売って…

書狼書豚

辰野隆『書狼書豚』 仏文学者の辰野隆のエッセイ。「悉く書を信ぜば書なきに如かず」の出典を知りたかったのだが、それはわからず、長谷川如是閑が、これをもじって、「悉く書を信ぜざれば書あるに如かず」と言っているということだけわかった。辰野隆は、「…

フェイクニュース

一田和樹『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』角川新書、2018 著者は、もとIT企業経営者、今はサイバー分野を中心とした作家。 題名は「フェイクニュース」となっているが、狭い意味でのフェイクニュースではなく、政治や戦争の道具として使われる情報…

1971年の悪霊

堀井憲一郎『1971年の悪霊』角川新書、2019 堀井憲一郎、1958年生まれだった。この本は、1971年の雰囲気(著者はこの年には中学生)を事件ベースで切り取ったというもの。著者が高校生、大学生の時には「残り香」みたいなものがあっただけだが、そのくらいの…

蒲壽庚の事績

桑原隲蔵『蒲壽庚の事績』 このタイトルになっている人は、宋代から元代、だいたい13世紀に生きていたおそらくはアラブ系の商人。宋の広州、泉州、杭州あたりは大きな貿易港となっていたが、そこに住んで南方、インド、アラブとの交易をしていたのはアラブ人…

戦後合格者

坂口安吾『戦後合格者』 坂口安吾の日本共産党についてのエッセイ。初出は1951年。 武装闘争路線の初期に書かれたもので、思い切り日共を批判している。無内容、他に対する不協力などなど、何を作る努力もせず、他人の作ったものを壊そうとするばかり、とい…

わが心の女

神西清『わが心の女』 これは神西清の短編。この人、創作もしていたのだ。 ロシアはちょっとした創作のツマにされているだけだが、ちょっとだけそれっぽい国として出てくる。しかし、この作品そのものは、あまりうまくいってはいない。服を脱いでいくのでは…

女人訓戒

太宰治『女人訓戒』 女が何々を食べたり身につけたりすると、その何々に成り代わったり、女にその性質が身についたりする、というバカ話。 辰野隆の本に出てくる話として、うさぎの目を人間に移植したら、移植された女は猟師を恐れるようになった、という話…

翻訳のむずかしさ

神西清『翻訳のむずかしさ』 ロシア文学翻訳者として著名な神西清のエッセイ。はじめに、韻文の翻訳は日本語ではうまくいかないという話をしている。それはそのとおり。 著者が批判しているのは、「単色版式翻訳」。つまり直訳。文芸作品の直訳はありがたく…

支那人の文弱と保守

桑原隲蔵『支那人の文弱と保守』 初出は大正5年(1915)。支那人は、文弱かつ保守だというのだが、文弱は多分に保守によるところが大きいように思われるので、文弱も多くは保守から出ているものだろう。 古今の書籍をひいて、戦争する気がまじめでなく、こと…

先生三人

太宰治『先生三人』 これはエッセイ。太宰治の文学上の師というのが三人いて、それが井伏鱒二、佐藤春夫、菊池寛だという。もともと、中條百合子が文学界の封建的な徒弟制度を告発した文章があって、それに応じて書かれたもの。 徒弟制度はあるのだが、太宰…

接吻

斎藤茂吉『接吻』 エッセイと論文の中間みたいな作品。道端でベタベタなキスをしている男女(ドイツで)を見たという話から、キリスト教の歴史でキスは昔から出てくるということになる。 では日本ではどうかといえば、当用の聖書では、接吻の語を「くちづけ…

不周山

魯迅『不周山』 これはよくわからない作品。注がないとムリ。 女媧は神話時代の中国の神様で、人間を作ったというものなので、そういう話になっているが、途中でいきなり戦争が起こったり、禁軍がやってきたりする。個別の名辞の意味がわからないとダメで、…