2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

ぐるぐる博物館

三浦しをん『ぐるぐる博物館』実業之日本社、2017 三浦しをんの取材エッセイ。対象は博物館。ネタに取り上げられているのは、 茅野市尖石縄文考古館 国立科学博物館 龍谷ミュージアム 奇石博物館 大牟田市石炭産業科学館 雲仙岳災害記念館 石ノ森萬画館 風俗…

老子化胡経

桑原隲蔵『老子化胡経』 老子化胡経、つまり道教側が、「老子が釈迦を教化した」と主張している本の来歴についての論文。道教仏教の論争は、すでに後漢末期にあり、老子が釈迦を教化したという説もそのころにあった。 老子化胡経は、晋の恵帝の時代、道士の…

仏教史家に一言す

津田左右吉『仏教史家に一言す』 これは小文。しかし津田左右吉の立場はよく現れている。 基本的には、仏教史家が仏教のよい影響だけを強調しているが、それは間違っているということ。津田左右吉がいうのは、歴史というのは公平なものでなければならないと…

紙の歴史

桑原隲蔵『紙の歴史』 紙の歴史だが、後漢代に蔡倫が発明したことになっているのは、蔡倫が紙の新しい原料を発見したということで、製紙法自体は前漢代に存在した。「説文解字」に「紙」の項があるが、これは今でいう紙のことではない。「説文解字」は蔡倫と…

支那の宦官

桑原隲蔵『支那の宦官』 これは宦官の話。こっちは弁髪どころではなく、周代からあった習慣。中国だけでなく、古代オリエントの王国にもあったし、ローマ、ギリシャ、イスラム教帝国にもあった。逆にこれがないのは、ヨーロッパと日本だけ。朝鮮や越南にもあ…

支那人辮髪の歴史

桑原隲蔵『支那人辮髪の歴史』 これは弁髪の歴史について。清朝から始まったのかと思っていたら、そうではなく、金の時代(13世紀)から始まっていたもの。もちろん明朝では弁髪はなかったが、それを除くと、中国の弁髪は800年くらいは続いていた。 明朝では…

東洋文化、東洋思想、東洋史

津田左右吉『東洋文化、東洋思想、東洋史』 津田左右吉の「東洋」についての文章。卓論。 東洋というのは西洋に対して言う言葉だが、もともと中国では、東洋というのは太平洋で、西洋というのは、南シナ海からインドのこと。もちろん中国は中心だから東洋に…

史論の流行

津田左右吉『史論の流行』 19世紀末の文章だが、津田左右吉が日本歴史学の浅さを嘆いている文章。 史論が流行しているが、歴史を論じるには正確な事実がなければならず、それが史論に欠けているという。史論というのは国史についてのものなのだが、津田左右…

村芝居

魯迅『村芝居』 田舎に芝居一座が訪ねてくる話。これはどうなっているのか、客は船で芝居を見に行くことになっている。おそらく川岸に適当に幕でも張って舞台をしつらえて、客は川に浮かべた船で見ているのだろう。 日本の本で中国の芝居は、むやみに叩いた…

支那史上の偉人

桑原隲蔵『支那史上の偉人(孔子と孔明)』 講演録で、6回シリーズで支那史上の偉人を取り上げる予定で、孔子、始皇帝、張騫、孔明を扱うはずだったのが、始皇帝と張騫は他の文章で取り上げたのでやめた、孔子と孔明だけで3回ずつ話します、ということになっ…

支那猥談

桑原隲蔵『支那猥談』 この文章、猥談と書いてあるのでなんだろうと思ったら、今の意味での猥談ではぜんぜんない。中国と中国人の欠点を指摘するというようなもの。 1926年の文章なので、日本と中国の間が本格的には悪くなってはいないが、あまりよい状態で…

秦始皇帝

桑原隲蔵『秦始皇帝』 桑原隲蔵の、始皇帝についての小文。始皇帝が悪ばかり強調されるのは、漢代のためにする議論と中国人の道徳主義の影響だと断じていて、これはいまでは普通の議論だが、当時は(1927年)斬新だったはず。 勉強になったのは、焚書坑儒の…

端午節

魯迅『端午節』 これも、「頭髪の故事」と似たような題材。ただし、こちらは夫婦関係というか、男女の地位がネタ。 主人公はこれも中学の先生だが、妻に対して「おい」としか言わない。その主人公が、給料を持って帰らないのに、妻に対して節句の払いをしろ…

頭髪の故事

魯迅『頭髪の故事』 これは掌編。魯迅が中学の校長をしていたときのことから引いたエピソードらしい。つまり私小説。 主人公は、双十節のことを語っているので辛亥革命よりあとのこと。革命よりそれほど時間がたっていない時に設定されている。しかし主人公…

陳独秀

長堀祐造『陳独秀 反骨の志士、近代中国の先導者』山川出版社、2015 中国共産党の初期の指導者、陳独秀の簡潔な伝記。この人も名前くらいしか知らなかった。 新文化運動、五四運動の指導者。当時はまだ共産主義者ではなかった。五四運動が敗北して、ソ連の指…

フェルメール展

「フェルメール展」上野の森美術館 時間限定チケット制のこの展覧会、行ってきた。コミコミの日でなければ当日でも電話で予約を取って、発券してもらえる。非常に合理的なシステム。列ができていたので入れるのかと心配だったが、並んで15分もしないうちに…

孔乙己

魯迅(井上紅梅訳)『孔乙己』 ずいぶん前に読んでから、ひさしぶりに読んだ。 語りては酒屋の小僧、見かけはのろまだが、観察力はある。上客を通す座席と安い客を通す立席があり、孔乙己は立席で唯一の長袖者。読書人といっても、秀才にもなれておらず、酒…

支那人間における食人肉の風習

桑原隲蔵『支那人間における食人肉の風習』 著者は、中国文学者。内藤湖南と並ぶ東洋史学者。宮崎市定の師匠。 この本、タイトル通り中国社会における食人風習の話だが、文献の出典が非常に広い。中国の史書にあたっていることは当然として、フランス語、ド…

瘠我慢の説

福沢諭吉『瘠我慢の説』 福沢諭吉が、勝海舟、榎本武揚を論難した文章。 勝海舟、榎本武揚は、幕臣でその後明治政府に仕えた人だが、彼らに対して「あなたたちはプライドないのか」と言っている。もちろん、福沢は、勝海舟、榎本武揚の功績は認めており、江…

魯迅

藤井省三『魯迅 東アジアを生きる文学』岩波新書、2018 著者は、魯迅研究者。光文社古典新訳文庫で、「阿Q正伝」などの翻訳も出している。 魯迅の生涯については、だいたいまとまっている。魯迅作品の日本、朝鮮、台湾、ベトナムへの受容や、共産党政権下で…

「情」の文化史

張競『「情」の文化史 中国人のメンタリティー』KADOKAWA、2014 中国の文献で「情」がどういう意味で使われていたかという本。情というと、日本語だと男女、親子、友人くらいか。この本を読むと、その程度ならまあ、中国も日本に近いが、その情の内容となる…

ミッションスクールになぜ美人が多いのか

井上章一、郭南燕、川村信三『ミッションスクールになぜ美人が多いのか』朝日新書、2018 井上章一の新刊。このタイトルで即買いした。 内容はタイトルの通り。井上章一は、「自分はミッションスクールに美人が多いと思っていたし、仏教系女子校もそう思って…

イスラーム主義

末近浩太『イスラーム主義 もう一つの近代を構想する』岩波新書、2018 著者は、中東地域研究者。主なフィールドはレバノンとシリア。 イスラム主義が、ヨーロッパの侵入とその後の混乱打開のために生み出されたもので、一種の「逆の近代化」だというのはそう…

星が吸う水

村田沙耶香『星が吸う水』講談社、2013 表題作の「星が吸う水」と「ガマズミ航海」の2篇入っている。個人的には、「星が吸う水」のほうが好き。 主人公はいちおう「女」なのだが、性欲のありかたは、男のよう。「抜きたい」とか言っている。だからといって、…

李清照

徐培均(山田侑平訳)『李清照 その人と文学』日中出版、1997 宋代の女流詞人、李清照の伝記と作品解説の本。 李清照は、中国ではとても人気がある人で、ひとつは前近代で女流の文章家がめずらしいから。もうひとつは作品のレベルの高さ。さらに彼女が金に対…

短歌という爆弾

穂村弘『短歌という爆弾 今すぐ歌人になりたいあなたのために』小学館、2013 穂村弘の短歌論。まあ、これはよくわからない。 実作例を出して、著者が批評したり、改作したりしているのだが、批評はまあ多少は納得しないこともないが、改作してほんとうによく…