ピカレスク 太宰治伝

猪瀬直樹ピカレスク 太宰治伝』小学館、2018


電子版になったものを買ったが、これは傑作。表題は、太宰治その人が悪人であり、彼の生涯そのものがピカレスク・ロマンだったということ。

弱い人間で、だから3度心中し、5度自殺を企て、最後に死んでしまった人というのが太宰治の描かれ方だが、それを完全に否定しているのがこの本。

心中も自殺も、ある種の狂言であり、自分を売り出すための話題作り。それに手を貸して結局死んでしまったのが心中相手の女。太宰はもともと死ぬつもりなどなかったのだという。これを言うだけなら簡単だが、それを裏付けるのは相手方に関する丁寧な調査と、太宰の作品や周辺の人々の証言の細かい読み。これには、単に太宰作品を読んでいるだけの人ではとうてい追いつかない。「伝記作家」というものが、プロの仕事でしかできないことをよく考えさせてくれる。

ついでに、井伏鱒二は徹底的にやっつけられている。これは、井伏の多くの作品が、「資料をリライトしただけのパクリ」であると言っている。原資料の執筆者が許諾している場合もあるので、「剽窃」とまでは言い切れないが、「黒い雨」をはじめとする井伏の代表作が、資料を再構成しただけであり、井伏の手は、多少書き換えただけということを実証している。これが文化勲章受章者だというのだから、おどろく。こんな人が日本文学界の偉い人ということになっているのだから、それはどうなのか。太宰治が、自分を偽っていたというのとは違うレベル。ほんとうにおどろいた。