「情」の文化史

張競『「情」の文化史 中国人のメンタリティーKADOKAWA、2014


中国の文献で「情」がどういう意味で使われていたかという本。情というと、日本語だと男女、親子、友人くらいか。この本を読むと、その程度ならまあ、中国も日本に近いが、その情の内容となると、相当違っていることがわかる。

著者は、これは歴史社会学ではないと言っていて、昔の時代に本当に何があったかは問題にしない、そういうやり方は方法論として間違っていると言っている。ここに書かれているのは、文献上の用法のみ。かなり昔のことはそれしかないので、他の方法はないのだろう。

日本だと「義理と人情」というところだが、中国語だと「情義」が義理にあたる。しかし、義理と人情の組み合わせは日本語とは違っている。

また男女の情にからんだ話は当然たくさん出てくるのだが、中国の男女関係のお話は説教臭い。だいたい男女関係を特定の倫理観に合わせて教育するというような話になっている。親子の情もそう。友情は少しそこから外れているが。

驚いたのは、著者が親から聞いたと言っているエピソードで、同じ集合住宅の男がびっこを引いていて、その理由が病身の親に自分の腿の肉を切り取って、薬と称して食べさせたからというもの。これは、三国志演義で、男が妻の腿肉で劉備をもてなした話と同じ。これはすごい。