新訳 チェーホフ短編集

チェーホフ沼野充義訳)『新訳 チェーホフ短編集』集英社、2014


沼野充義の新訳というので読んでみた。新訳だからこれまでの翻訳とは違っていないといけないのだが・・・。これはかなり違っている。まずタイトル。「可愛い女」が、「かわいい」くらいはいいとして、「子犬を連れた奥さん」が「奥さんは子犬を連れて」になっている。語順が変わっただけ、というわけにはいかず、相当読んだ印象が違う。

「いたずら」(従来だと「たわむれ」)では、ナージェンカが「ナッちゃん」になっている。このくらいやらないと、ナージェンカの語感が出ないということだ。

しかしこの本の値打ちは、収録された小説の全部に訳者解題がついていること。それもきちんとしたもの。当然、従来訳との違いの理由も全部はっきりさせているし、この本で採録した理由も明確。ずっと読んでいなかったものも多かったので、読んでいて助かった。逆に、従来訳を繰り返し読んでいたら、この本は受け入れられなかったかもしれないが。

印象深かったのは、「中二階のある家」と「奥さんは子犬を連れて」。昔読んだ時に覚えていたものは、新しい訳でも味わい深い。「中二階のある家」は、性格のきつい姉のことが、今だとより強い印象を与える。チェーホフは、本当に実行力があって、物事を変えていける人が必要だとわかっていても、実際にいたとすれば、こういう感じにしか描けなかったということ。

「奥さんは子犬を連れて」は、やっぱりこの終わり方。最初の時は、なんだこりゃと思ったが、グーロフのいかにも中年なところと、こういう結末になるところの対比がいい。今だと自分がグーロフに立てるので、昔の奥さん視点の時とは、また違った新鮮さ。いいのか、悪いのか、わからないのが、いい終わり。