児玉誉士夫 巨魁の昭和史

有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』文春新書、2013


この著者はいつもおもしろい本を書いているが、この本も例に漏れず、全編非常におもしろい。児玉誉士夫という人物を題材にして、戦前から戦後にかけて日本がどのように継続性を保っていたか、政治がどのように動かされていたかを描いている。

著者によれば、児玉誉士夫は、「政治プロデューサー」。表社会(政治家や企業)と裏社会(ヤクザ)の両方に繋がりを持ち、資金提供、連絡、利害調整をしながら、政治の方向性を左右する役割である。児玉誉士夫は、ロッキード事件以前はそれほど一般社会に知名度がある人物ではなかったが、自分の存在を示すためのメディアを持っていて、自分の力を表社会にも裏社会にも明確にアピールしていく子tができた。ただの「裏方」「黒幕」ではプロデューサーは務まらないのだ。

しかもこのような役割は、アメリカとの関係なしには機能しないものだった。著者はいつもの著作のとおり、CIAや国務省の資料を使って、アメリカ側から見た児玉誉士夫の役割を浮き出させているが、アメリカは戦犯裁判で児玉誉士夫を拘束し、利用しようとした一方で、児玉誉士夫アメリカを利用しようとしていて、お互いがお互いを利用し、しかも警戒を怠らない微妙な関係。このようなアメリカに対する距離のとり方は、岸信介正力松太郎ら、著者が題材とする他の人物にも共通している。

ナショナリストで鉄砲玉だった青年時代から、軍のインテリジェンス工作員として中国で活動を続けた戦前、戦中期、巣鴨拘置所GHQの協力者となり、G2やCIAと協力していく戦後期、さらに鳩山(一郎)政権誕生への工作、第一次FX選定への工作、安保改定で果たした役割、日韓国交正常化での役割、田中政権誕生時の工作から、ロッキード事件で被告人に立たされるまで、昭和の時代を通じて、日本の内政外交両面にわたる活躍を続けてきた歴史が活写されており、まさしく昭和の裏面史になっている。

ロッキード事件アメリカの陰謀とする説に対しては、独自の見解を提示していて、「事件の発端はアメリカ側関係者の野心や失敗(特に上院議員のチャーチら)から起こったことだが、日本側の政争から事態が拡大し、結局はアメリカ政府(特にCIA)の関与や防衛調達(P3C哨戒機)関連の事案を封印することで、日米当局の合意の上で決着が図られた。生贄にされたのは、田中角栄小佐野賢治児玉誉士夫らで、逆に中曽根康弘らの関与はもみ消されてなかったことにされた」というもの。ロッキード・トライスターの購入やP3C調達には当然のことだが、日米貿易摩擦が背景にあり、これらの飛行機を日本が購入することが日米貿易不均衡を修正するための手段とされていた。

著者はあとがきで、元は3倍の原稿だったものを圧縮してこのサイズにしたと述べているが、息もつかせぬ緊張感で読み進められる。日本現代史において、読まれなければならない本の一冊。