「坂の上の雲」と日本人

『「坂の上の雲」と日本人』関川夏央文芸春秋、2006

司馬遼太郎坂の上の雲」を読みながら、小説の内容の周辺と日本人の変化について考えるという本。関川夏央は、年季の入った「司馬遼太郎読み」なので、内容は非常に充実している。帯には「もう読んだ人も、これからの人も」と書いてあって、この種の本は当然原典を読んだ人が楽しみを反芻するために読むものじゃないのか?と思っていたら、驚いたことに巻末に「坂の上の雲」のあらすじが文庫版八巻の巻ごとにまとめてあったのだ。ということはこの本を読んで、それで「坂の上の雲」を読んだことにしてしまう人がいるのか?そっちのほうがびっくり。
著者はもちろん司馬遼太郎だけでなく、日露戦争周辺のいろいろな本にも幅広く目を通しているので、日露戦争(といってもほとんどは旅順攻略戦と日本海海戦だけだが)についての随想としてもおもしろく読める。しかし実際のところ、旅順攻略戦における乃木希典の指揮は司馬遼太郎が書くような手厳しい評価を受けるに値するものだったのだろうか。この点がどうもわからない。著者はいくつかの説を引用するにとどめているが、「乃木は無能」という評価と、「乃木の出した損害は、乃木個人の責任とはいえず、日本軍の要塞攻略準備の不備に原因がある」という評価ではまるっきり違うように思えるのだが。
最後の、日露戦争以後の日本人と、第二次大戦後の日本人を対比させる試みは、卓見といえる。