ぼんち

山崎豊子『ぼんち』、新潮文庫、1961

山崎豊子の初期の長編。手元の本は、1987年で39刷とある。大阪船場の足袋問屋の若旦那がたどる女遍歴の話。何より登場人物のキャラがたっている。旧家の誇りを一身に背負って、尊大で傲慢な喜久治の母と祖母、喜久治の5人の妾たち、子供を産んですぐに離縁される喜久治の妻、仕事はできるが陰では油断がならず、店の金を横領している中番頭、ひとりひとりが強いカラーをもっていて、そこから主人公の喜久治の人となりが炙り出されるような感じ。また、戦前の船場の男女関係を仕切っていたおそろしく煩瑣なしきたりごとを描くのに多くの紙幅が費やされているが、その部分がこの小説の中核にある。すでにうしなわれた文化への作家の愛惜の情が伝わってくる。それにしても船場の商人が妾をもつということが、どれほど金と手間のかかることだったかは、驚くばかり。それを甲斐性でやりとげる旦那が「ぼんち」といわれる資格をもつ。いまでは「ぼんぼん」とはいうが、「ぼんち」という言葉は聞かない。上方文化、閉鎖的な階級社会とともに、ぼんちも滅びていったのだろう。