彼は昔の彼ならず

太宰治『彼は昔の彼ならず』


これも短編。最初の短編集『晩年』に入っている。

めずらしく、女が中心ではなく、女を媒介に二人の男のやり取りを中心に描いているのだが、最後はやっぱり女の話になる。主人公(大家)も、間借り人の男(木下青扇)も、両方太宰本人の一部分を取って描かれているだろう。

青扇は、自分というものがない人間。「天才自由流書道教授」などと名乗っているが、字は下手。だいたい、なにかをやっているようには見えない。女の影響でどうにでも変わる人。大家の方は、そういう青扇とその妻(マダム)の両方にひかれている。

「出鱈目は、天才の特質のひとつだと言われていますけれど。その瞬間瞬間の真実だけを言うのです。豹変ひょうへんという言葉がありますね。わるくいえばオポチュニストです。」というのが非常に刺さった。これも太宰自身のことだろう。これがないと人の心は射抜けない。

何を読んでも傑作。全集買ってもいい気がしてきた。