迷宮歴史倶楽部

モリナガヨウ『迷宮歴史倶楽部 戦時下の事物画報』学研、2017


これは非常な名著。戦前期、戦時の色々な物をイラストと文章で紹介する本。

まず砲台や要塞など、戦時下の軍事建築物の遺構。九十九里浜なんかに行くと、こういうものがまだたくさん残っている。この本が素晴らしいのは、あるものをただ描くだけではなく、調べて、昔の姿を可能な限り復元して書いていること。

例えば九十九里浜にある、28センチ砲台。問題は大砲をどうやって搬入したのか。これは大砲を搬入するための特殊なクレーンがある。このクレーンも調べて書き込んである。砂浜だからできたのだろうが、これそのものが大事業。

風船爆弾、ガスマスク、防空頭巾、竹槍、等々の、戦時下にあったいろいろなものが細かく描きこまれている。そんなもの写真でわかると言うなかれ。写真をイラストに起こすときに、写真のままではわからないことや、色、そのものの歴史、使い方などを、ちゃんと調べて書いている。例えば、ガスマスク。ガスマスクをつけたときに、目の部分に入っているガラス部分。あれがしょっちゅう曇るので、実際にはよく前が見えないと言う。言われてみればわかるが、ただガスマスクを見ているだけではわからないこと。

巻末に、加藤陽子との対談が載っているが、加藤洋子はこの本を絶賛。漫画の『はだしのゲン』、漫画、映画の『この世界の片隅に』と比肩される作品だと言っている。自分としては、モリナガ・ヨウの作品は、「ストーリーなしで、ストーリーを読み手に感じさせる」特殊な作品。

はだしのゲン』、『この世界の片隅に』は、価値はあるとは思うが、作者と考え方の相容れない人には読めない作品。自分としては、『この世界の片隅に』ですら、読みづらく、読めたのは短いから。『はだしのゲン』に付き合わされるのはおことわり。

しかし、モリナガ・ヨウは、価値観がなくもないのだが、それを出さないように描いている人なので、「資料」として、「歴史の本」として、読める。しかも、絵がいいし、文章も達意。加藤陽子がほめるのも道理だし、戦時ネタ作品として傑出している。