1000億円を動かした男 田中角栄・全人像

「1000億円を動かした男 田中角栄・全人像」『文藝春秋』平成二十八年八月増刊号、2016


文藝春秋田中角栄関係記事をまとめた号。さすがに文藝春秋だけのことはあって、ネタがたくさんある。

一番おもしろいのは、田中失脚の決定打となった立花隆の「田中角栄研究」と、児玉隆也の「淋しき越山会の女王」。そして、田中の佐藤昭子への手紙。

田中角栄の名言など、田中の人間を知るためにそんなに役に立つとは思えないが、その田中も家族に対しては自分をさらけ出していた。田中眞紀子が、「世の中には、敵、家族、使用人のどれかしかいない」と言ったのは、田中角栄の人に対する態度を示すものだろう。もちろん、田中角栄本人はそんなことを口にだすようなバカな人ではないが。

田中死後に、立花隆が書いた記事にある、「田中角栄は、政治の天才ではなく、権力闘争の天才」というのも、そのとおり。田中は官僚を操縦したように言われているが、田中自身は、政策に対する固有の立場というようなものを持っていなかった人なので、官僚を操縦していたのではなく、官僚に操縦されていた側だという指摘も当たっていると思う。

田中の首相時代の政治的功績といえば、日中国交正常化くらいで、後はそれほど言うべき実績がない。あるのは、首相辞任後の権力闘争における役割。立花隆は、「政治は自分がつけた首相にやらせて、自分は権力闘争に熱中していればよかった」から、闇将軍という地位は田中の性に合っていたと述べているが、それも当たりだろう。首相辞任後、十数年も日本政治を振り回していた人は、戦後においてはめったにいない。

キャラクターだけで政治家を議論する「田中角栄ブーム」もそろそろ飽きられると思うが、あまり健康な話ではない。政治家の業績評価は、その事業によるべき。