田中角栄

服部龍二田中角栄 昭和の光と闇』講談社現代新書、2016


やっと出てきた田中角栄の学者による評伝。やはりていねいに調べている。それが第一。そして、田中角栄の首相辞任後、特に金脈事件とロッキード裁判の経緯を克明に描くことで、田中がなぜ失敗したのかということをきちんと考えさせる本になっている。これが第二。

田中角栄の前半生では、田中が権力のありかを確実に知り、勝つ側につきながら、自分の権力を拡大していったさまが、よく描かれている。人心収攬術が強調されることが多い田中だが、それを縱橫に使って、確かな判断ができ、金を使って、さらに自分の権力を増やすことができた。もともとリソースがない田中が成り上がれたのは、そこが大事。

首相就任後は、日中国交正常化、ヨーロッパ歴訪、資源外交、金脈問題に分けて、田中の事績を功罪含めて評価している。日中国交正常化については、著者はすでに本を書いているが、他の問題についても、公正に評価している。日中国交正常化は、たしかに田中の偉大な業績だが、他の問題については、結果を出す前に政権が終わってしまった。

この本の肝心なところは、ロッキード事件以後。田中は、秘書も含めて自分自身が逮捕されることをほとんど予測しておらず、前兆があってもそれを無視していた。従って、初期の対応が遅れ、それが榎本証言のような身内からの致命傷を出すことにもつながった。この失策があまりにも大きかった。

ロッキード事件でガタガタになっていた田中がその後も巨大な影響力を保持し続けたことが、ある意味悲劇。中曽根政権の半ばまで、ほとんど日本政治はそれに振り回されていた。しかも中曽根以外の首相は実績が薄い。これも田中の影響。

ロッキード事件の裁判での裁判所、特に最高裁の態度も問題。無理な嘱託尋問を認めて、後になってからその効力を否定した。しかし、嘱託尋問が認められなければ、検察の捜査も一審の有罪判決もそのまま出ていることはなかった可能性が高いのだから、裁判所がデタラメだということ。田中の怨念はそれで増幅されていた。

田中角栄の全体的な評価は、「高度成長期には適合した政治家」というもの。常識的な評価だが、この本を読めば、それ以外の評価は難しいだろう。田中の事績は、日中国交正常化が頂点で、その時点までに大きな仕事が集中している。首相就任後は、インフレを煽って失敗している。

田中の人格的な魅力と、実行力、あとは倫理的問題だけに関心が集まることが多いが、事績を正面から見ると、この本の評価が妥当なところ。逆に今でも、田中がもてはやされている理由の方が問題。