韓非子

富谷至『韓非子 不信と打算の現実主義』中公新書、2003


韓非子』の解説にとどまらず、そこから中国の法意識を考えていこうという本。非常におもしろい。

韓非子』は、『荀子』と並んで、法家の代表的な本だが、内容は相当違う。『荀子』は性悪説だが、『韓非子』はそういう前提をとらない。人間は利益と打算で動くから法でコントロールしろというのみ。

刑罰も「予防」としての意義しか認めていない。秩序の安定がすべてで、それ以外のことはどうでもよいというもの。先に物差しとしての法を決めておけば、人間の行動はそれに合わせて決まるはずだという考え。

韓非思想のその後にも言及されていて、韓非を殺しはしたが、韓非思想は受け継いだ李斯。漢の武帝儒教を採りながら、実際に習っていたのは韓非のほう。諸葛亮も、直接的な証拠はないが、基本的に信賞必罰。つまり韓非の徒。

中国の刑罰そのものが、威嚇、予防のための手段で、そこには罪刑法定主義、社会契約、応報刑という要素は入る余地なしというのが著者の結論。

この本は、著者が行った京大法学部の講義「伝統中国の制度と思想」を本にまとめたもの。この講義は、授業の方法を研究するプロジェクトとして行われていて、1年間ずっと教員の聴講があった。手抜きができない状態の授業なので、本にできるほどの内容があったということだが、それできちんとできてしまうのだから、たいしたもの。竹簡の画像がたくさん載っていて、それを見ているのも楽しい。