昭和16年夏の敗戦

猪瀬直樹昭和16年夏の敗戦』中公文庫、2010


すっかり世評の高い本になったが、読んでみるとやはりおもしろい。この版は中公文庫なので、2010年になっているが、1983年に世界文化社から出て、その後1986年に文春文庫に入った。そのまま改訂もしていないのに、今まで売れているのだから、内容が確実だったということだろう。

1941年にできた「内閣総力戦研究所」の話。この機関に、陸海軍、政府各省、民間の30代すぎの若手が集められ、対米戦のシミュレーションをさせられた。結果は、開戦後3年程度で日本が負けるというもの。実際にそのとおりになったので、この予測は当たり。

それもまぐれ当たりではなく、経済に詳しい人が、統計をもとに数字を積み上げた結果、物動がうまくいかないので、どうしてもこうならざるを得ないという結論になったというもの。陸海軍は、自力では戦争計画を立てられていなかったので、この機関ができたのだが、この機関のシミュレーションが陸海軍にとって不都合なので無視されたという話。先に組織利益ありきで、何も計算を立てずに戦争に突入したということは、最近の歴史研究では常識のようになっているが、1983年の段階でこれをはっきり言っていたことは偉い。

この頃は、まだ総力戦研究所の関係者の一部は生きており、直接話を聞くこともできた。著者は当然この作業をやっており、存命人物のところはまめに回っている。また、総力戦研究所のOB会誌、メンバーの日記、自叙伝、東京裁判の記録などをきちんと再構成して、本を書いている。

日本のやっていることは昔から今まであまり変わらない。著者はこれがわかっていたから、道路公団民営化や地下鉄問題に取り組めた。「マクロの話は危ない。ミクロの事実を当たるべき」という著者の意見は、本当にそのとおり。