世界はこのままイスラーム化するのか

島田裕巳中田考『世界はこのままイスラーム化するのか』、幻冬舎新書、2015


島田裕巳中田考の対談本。島田裕巳中田考に質問して、中田考が答えるという形式。なので基本的には中田考がしゃべり倒している。島田裕巳は東大宗教学専攻の出身で、中田考は世代は違うがイスラム学であり、在学当時はイスラム学が宗教学専攻の一部になっていたので、宗教学の授業に出ていた後輩という関係。

中田考は、「イスラムの理念」を追求するという意味でのイスラム原理主義なので、現存のイスラム国家はすべて偽物であり、イスラムの理念から離れているという考え。その上で、イスラムの理念とはこういうものですよという話をしている。

ややこしいのは、イスラムの理念といっても、完全に理念の中の話だけをしているのではなく、現実のイスラム教徒の生活や人間関係の話もしていること。だいたいイスラム教徒とはいっても、住んでいる地域によって実態は相当違うもの。中田考が学んだエジプトのイスラム教徒と、パキスタンインドネシアのそれは違うだろう。「イスラム教徒」でどこまでひとくくりにできるのか、はっきりさせてほしい。

中田考の言っていることを読んでいると、イスラム化が実現した社会(カリフ制社会)は、政府がほとんど重みを持たない、自立性が強く、それでいて秩序ある社会になることになるはず。しかし、現実のイスラム国家はそうはなっていない。これは「政府が悪い」で説明がつくことなのかどうか。中田考は、その点について、より丁寧に説明すべき。

とはいえ、イスラム学を修めるためには、並大抵ではない努力が必要なことがわかることは収穫。アラビア語の習得を大学に入ってから始めなければならない者にとっては、クルアーンハディースもすべてその後から勉強しなければならず、子供の時からそれらを仕込まれているイスラム教徒に比べるとスタートラインが全然違う。日本でイスラム学者があまり育たないのも当然のこと。しかも文献を読むだけではイスラム社会の現実はわからないので、そこでも問題が起きる。中田考みたいに、人生を捧げた人でなければ、イスラムのことはわからないことになる。