詐欺の帝王

溝口敦『詐欺の帝王』、文春新書、2014


溝口敦の特殊詐欺(著者は「システム詐欺」=複数の人間がチームを組んで被害者をはめ込む詐欺と言っている)本。溝口敦の他の本と同じく傑作。

この本は、溝口敦の本の中でも異色なのだが、それは、広い取材だけでなく、詐欺を仕事にしていた当人(仮名で「本藤彰」ということになっている。4年前に引退)から詳細にインタビューを取り、本藤彰の半生記として、この本が構成されていること。本藤彰は、詐欺に関わる事件で逮捕されたことはなく(他の微罪では逮捕歴がある)、ほとんどきれいな状態で引退しているとのこと。こういう商売は長く続けられないので、頭のいい人はさっさと足を洗うのだ。とはいえ、足を洗うきっかけとなったのは、ヤクザとの争いで足を銃で撃たれ、体調が悪化したからなので、簡単にはできなかったこと。

「半グレ」と呼ばれる、ヤクザ組織の構成員ではない、犯罪的行為に手を染める人間の典型のような人生で、イベントサークルの仕切り屋から、五菱会の闇金に関わり、闇金からシステム詐欺をやるようになっている。その中で、闇金とシステム詐欺が連続性をもっていることや、闇金、システム詐欺のさまざまな手口が紹介される。

闇金のような暴利の金融業者がなぜ商売をできているのかというと、少額の借金に対して人間が鈍感だから。2万円や3万円程度の借金に簡単に手を出す者が多く、そういう者は手っ取り早く現金が得られればいいと思っているし、元金返済をしないで雪だるま式に借金が膨らむことがわからない。こういう者にカネを貸してきちんと回収するのは非常に手間がかかり、人間関係に対する特殊な姿勢も必要なので、銀行などにはできない仕事。合法的な消費者金融ではカネが借りられない者が来ているし、闇金自体が犯罪だから、簡単には手が出せない。

システム詐欺は、これも人間の小さな欲につけこんだ商売。人間は損害を取り返そうとして、合理的に行動しない性質を持っているから、顧客名簿を使いまわして、一回詐欺にひっかかった被害者に「損を取り返そう」という別の詐欺をもちかけて、どんどん絞りとっていくもの。

本藤彰本人も、暗に殺人に関与したことが示唆されているが、本藤ではない別人が実際に人を殺した事件の裁判所での自白が長文で引用されており、殺人をしたことがない人間が実際に人を殺す場面がリアルに書かれている。読みたくない人は飛ばすように注意書きがあるが、あまりにも生々しく、強い迫力がある。ホラー映画などとは違うのだ。

本藤彰がここまで詳細に自分の犯罪的な人生を語った理由は、自分の行為に対する贖罪の意味もあるが、詐欺について不正確な記事が横行することに対する反発もある。だとすれば、この本は十分に役割を果たしている。単に犯罪行為の記録であることを越えて、人間に対する洞察にみちている。