長いナイフの夜

ハンス・キルスト『長いナイフの夜』、集英社文庫、1985


『将軍たちの夜』のハンス・キルストが書いた、ナチ親衛隊の歴史を題材にした小説。これは傑作。

1960年代半ば、戦後20年になろうとする時期に、スイスのルガノでドイツ人が殺される。このドイツ人ハインツ・ヘルマン・ノルデンは元SS隊員で、このノルデンのSSでの生活と彼が殺されるに至った事情が小説の骨になっている。

ノルデンの姿を通じて描かれるSSの歴史は、まさに犬の歴史。身体強健な青年が集められ、体力練成と徹底的な服従を教えこまれる。知性の練磨はほとんどなし。このSSの組織のボス、ヴェーゼルの命令通り、ヒトラーとナチ党に絶対的な忠誠を誓い、命令は何であろうとすべて実行する集団が作られる。

タイトルになっている「長いナイフの夜事件」では、命令通り、SA幹部を片っ端から粛清。専用の売春宿をあてがわれたり、ナチ党高官の妻や、アメリカ大使館の職員を秘密裏に殺害したり、ナチ党の犬として何でも働く。「動物農場」に出てきた、ナポレオンが育てていた猟犬の姿にそっくりだ。

特に終わりの方に出てくる絶滅収容所パイロット施設をつくるくだりは、胸が悪くなること必至。まあ、SSだから言われたことは疑問なく、すべて実行。

原著は1975年の刊行。すでに著者が有名になってから後の作品だが、書き方は完全に容赦なし。ナチ党を内側から見ている視点なので、いかにもなパターン化された悪として描かれていないところがいい。ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」がさらに筋肉質に、リアルに描かれたような作品。