解放された世界

H.G.ウェルズ(水島正路訳)『解放された世界』、グーテンベルク21、2003


この本は、もともとサンリオSF文庫に入っていたものを電子書籍として出し直したもの。ネタは「原子爆弾」である。

原著の出版は1914年。第1次世界大戦の直前。その時点で原子爆弾のアイディアが出ていたのだから、さすがウェルズ。時代設定は20世紀半ばということになっている。

大戦争(英仏連合対中欧同盟)が起こって、原子爆弾が使用され、ヨーロッパはボコボコに破壊される。その後、賢人たちが集まって、各国政府を廃止して、軍備も全廃。世界政府が誕生して、世界は復興、科学はますます発達して、人類は幸せに暮らすのでした、みたいなおはなし。

読んでみると、ウェルズがエライのは科学のアイディアの部分であって、それ以外の部分、特に人間についての洞察は浅いと思わざるをえない。この本が現在、ほとんど読まれていないのも当然。ウェルズは、この本で「原子爆弾の原理」を精密に描いているのではない。

科学が発展して、破壊力の強大な新型兵器ができるが、それを使ってヨーロッパが破壊された後、人類は賢くなって世界は生まれ変わるというおめでたいお話は、この後半部分、「解放された世界」がいかにすばらしいかを描くためのもの。

「核戦争後の世界」を舞台にした映画のほとんどは、核戦争後の世界を北斗の拳みたいなとんでもない世界になると想定していたのに対して、ウェルズは社会主義を本気で信じていたような人だったから、いったん現在の世界がリセットされれば世界はよくなるはず、と思い込んでいたのだ。

この本でも、世界政府ができるプロセスにおそろしく現実性がなく、エライ人たちが集まって話しあうと自然に世界政府が必要だという雰囲気ができてしまうことになっていて、反対者は、賢人の一言で黙ってしまう。これはないわー。

ウェルズの作品の中では、後期の、社会問題が入ってからのものだから、そうなる前の前期の作品の方が、いま読むとすれば素直に楽しめるのかもしれない。少なくともこの本は読むだけ時間のムダ。