馬の世界史

本村凌二『馬の世界史』、中公文庫、2013


これは、もともと講談社現代新書で出ていたものを、中公文庫から出し直したという変わった本。講談社は学術文庫のシリーズを持っているのだから、なぜそちらで出さないのか、不思議だが…。

著者はローマ史が専門の人で、動物学とか、馬を専門にした歴史が専門の人ではない。しかしこの本は先史時代、馬が野生種だった時期から、現代までの馬と人間の関わりを通史的に書いている。近代になるまでの馬の歴史はほとんど、馬の軍事利用が中心。最初の馬の利用は食用だが、飼いならすことが可能になった後は、軍事利用が中心だったのだから、これはしかたがない。

しかし、読んでいるといろいろとわからないことが出てくる。家畜化された最初の馬には騎乗していたのだから、なぜ馬の最初の軍事利用は、直接騎乗ではなくて戦車を引かせることになったのか。騎乗の普及は、遊牧民からはじまり、前2000年紀には金属製の馬銜があり、前1000年紀には、騎乗法が確立されてきたと書かれている。では、最初に騎乗があって、それが戦車に移行し、また騎乗に戻ったのか?西アジアで戦車が発達したこととは独立に、中央アジアで騎乗が発達したのか?よくわからない。アッシリアは、戦車と騎兵を両方持っていたと書かれているが、それまで両者がどのように発展したのかもわからない。

馬銜はわかったとして、鞍はいつどこで発明されてどのように普及したのか、鐙はどうなのか、騎乗法はどのようにして確立されていったのか、といったことが、整理して書かれておらず、通時的に、西アジア、中国、中央アジアギリシャ、ローマなどの地域別に馬の利用が書かれているだけなので、こういう疑問がたくさん出てくる。

また、馬の軍事利用はともかく、農耕用の利用はいつからどこで始まったのか、農耕用の馬具はどう発達したのか、馬種は軍用とは違うのか、といったようなこともよくわからない。近代になって話がいきなり、乗用馬車、そして競馬に飛ぶのだが、馬は第二次世界大戦でも軍用に使われていたのだし、乗用馬車がいつごろ鉄道や自動車にとって代わられたのか、といったこともよくわからない。

一冊の本で全部わかろうとするのがおかしいのだが、やはり馬そのものを専門にしている人に書いてほしかったと思う。英語だとこのテーマをカバーしている本がないはずはないし、参考文献リストはちゃんとついているので、そちらを当たるしかないか。