考証要集

大森洋平『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』、文春文庫、2013


これは新聞の書評でおもしろいと褒められていたので買った本。実際におもしろい。

著者は、NHKドラマ番組部チーフディレクター。主にドラマの時代考証をしている人。民放局が、ドラマの考証のための人材を抱えておけるとは思われないので、これは巨大放送局NHKにしかない仕事。時代考証は外部の専門家に聞くのが当然だと思っていたが、この本を読んでみて、それだけではないとわかった。外部の専門家は、ドラマ制作者ではないし、特定の時代の専門家ではあっても、その時代のすべてのこと(特に、服装、言葉、生活道具などなど)を知っているわけではないから、外部の専門家だけに任せておける仕事ではない。

この本を読むと、時代考証家のカバーする範囲は、狭い意味での「時代劇」だけではなく、少し昔(今から30年か40年くらい前)以前のすべての時代に及ぶ。1960年代には普通だったことが、その頃生まれていなかった人にはわからないというのは当然。戦時中を舞台にしたドラマを作るときに、軍人の習慣や用語、戦時下の生活などがわかっていなければ、ドラマの内容はおかしくなる。それ以前のことは当然、知らない人だらけで、NHKはあらゆる時代にわたって時代劇、歴史ドラマを作っているので、古い時代のことはことごとく問題になる。

時代考証の仕事は、非常に広い年代のことを薄く広く(深く知ることはムリ)知っている必要があり、これは学者などの専門家にはできない特殊な仕事。著者がこの本の中で広範な文献(歴史書ばかりではなく、エッセイや小説などを含む)を引用しているのを見ると、簡単に余人に務まる仕事ではないことがわかる。

辞書スタイルの作りになっていて、項目は五十音順に並べてある。これもいい方法。完全にバラバラな知識を読んでいくのが楽しい。召集令状赤紙の書式、書かれている官姓名、どの時期からどう変わっているか、江戸時代末期に京都大坂間は、交通手段によってどのくらいの時間がかかったか、費用はどうだったか、というようなことが出てきて、とにかく読んでいて発見だらけ。

特に言葉は、どの言葉がいつから使われるようになったかが広く紹介されていて、それが一番ためになった。民放のドラマは、細かいディテールをおろそかにしていることが多いのも納得。見えないところにコストをかけないと、きちんとした作品はできないのだ。