国家緊急権

橋爪大三郎『国家緊急権』、NHK出版、2014


NHKブックスの装丁が新しくなってから出た最初のセットの一冊がこの本。あまり憲法学者も手をつけたがらないこのテーマで本を出した、NHK出版の意気込みは買う。

しかしこの本、いろんな意味で危なっかしい。それは、国家緊急権というテーマが危なっかしいというだけではなく、著者にこのテーマを扱う準備が十分にできているかどうかが疑問だという意味で危なっかしいということ。

著者の基本的な問題設定、「国家緊急権が、それが必要な場合に行使されないということが起こったとすれば、多くの人の生命、財産、基本的権利が損なわれることになる。それは政府の怠慢である」という考え方は、それでいい。国家緊急権がなぜ必要なのか、それはどのような内容を持つべきなのか、どのような限界を持つと考えるべきなのか、についての議論の基本はきちんとしている。

また、巻末に81ページからなる「資料編」(この本は全部で254ページ)がついていて、国家緊急権についての日本の憲法学者の学説、外国憲法明治憲法における国家緊急権の取り扱い、国会での政府答弁に見られる国家緊急権についての政府見解、日本の現行法における緊急事態についての言及がまとめて掲載されている。これは便利。

そこまではいいのだが、いろいろとおかしな部分があって、果たしてこの議論でいいのかどうか、簡単に著者を信じられない。まず、自衛隊の位置づけ。自衛隊は法律的には警察であると断言されている。その根拠は、自衛隊が有事において国内法に縛られていて自由に行動できないということと、PKO任務における自衛隊の活動への縛りが厳格だということの2つ。著者は、日本の有事法制について全然言及していないし、自衛隊PKOに参加する場合には「武力行使は行わない」という前提で参加しているから制限が厳しいのであって、防衛出動、治安出動の下での話はそうではないということを理解しているのだろうか。ついでに、「自衛隊では戦車を特車という」という記述があってびっくり。いつの話をしているのか。巻末の日本の現行法を抜粋した部分にも、武力攻撃事態三法が入っていない。これはまずいでしょう。

19世紀、20世紀の戦争の特徴をまとめた記述では、1.国民軍ができた、2.決戦が主流になった、3.軍事同盟が安全保障の主軸になった、とある。1.はまあいいかもしれないが、2と3は別に19世紀以後の特徴じゃない。これも変。

テロに関する記述では、2001年の911テロには言及されているものの、大量破壊兵器を利用したテロの説明が中心で、それ以外のケースについての説明がない。大量破壊兵器が使われていなければ、国家緊急権は必要ないと思っているのかもしれないが、911テロ事件以後のアメリカの対テロ法制にまったく言及がないのはおかしい。

その他、言葉遣いがおかしいところが散見される。これは憲法、特に緊急事態法制の専門家に原稿を読んでもらっていないということ。著者のキリスト教や中国についての本にも見られたことだが、「大筋が正しければ、細かいことは気にするな」という態度がここにも見受けられる。しかし、学者が専門外の分野について書く時には、よほど注意してかからなければならないことくらい、著者が知らないはずはない。これは執筆の基本姿勢としてまずいのではないか。