ノモンハン1939

スチュアート・D・ゴールドマン(山岡由美訳)『ノモンハン1939 第二次世界大戦の知られざる始点』、みすず書房、2013


著者は、米議会図書館調査局で長年ロシア研究に携わっていたロシア屋。この本は、ソ連側にとどまらず、日本、ドイツ、アメリカなど、関係国の史料を広く集め、ノモンハン事件を第二次大戦の前史として再評価しようとするもの。

ノモンハン事件の経過について詳細に述べられているが、それについては、クックス『ノモンハン』のほうが詳しい。この本では、ノモンハン事件と前後する独ソ不可侵条約との関係と、この事件で日本がソ連侵攻に慎重になったことが、独ソ戦開戦後、スターリンが極東ソ連軍をモスクワに送ることを可能にし、瀕死の状態のソ連を救い、ひいては第二次大戦全体の行方を決めたと結論づけている。

1941年にドイツがモスクワを占領できていればソ連は崩れ去っていた可能性があり、ドイツと日本に腹背から攻撃されれば、ソ連は生産施設を東部に移転して戦争を継続することもできなかっただろうという著者の主張には聞くべきところがある。

一方、日本側の準備不足、情報不足、現地司令部と参謀本部の意思疎通の不全、およそ合理的とはいえない作戦については、当然手厳しく指摘されている。最も重要なことは、日本がソ連の行動、特にスターリンの決断について、まったく考えずに行動していること。己を知らず、敵を知らないまま戦う日本軍の末路については、これまでの本にも書かれているとおり。

きちんとした歴史家の本なので、半藤一利のような、読者の感情を煽るような書き方はしていない。ノモンハン事件の国際政治上の意義についての議論も明白。やはりまともな歴史書を読まないといけないわ。

巻末に付いている麻田雅文の解題は、ノモンハン事件研究史を要領よく整理していて、非常に理解の助けになる。訳者あとがきを読むと、人名や階級、地名の翻訳に相当の苦労があったことがわかる。そのかいあって、きちんとした翻訳になっている。ありがたいこと。