兄弟

余華(泉京鹿訳)『兄弟』上、下、文藝春秋、2008


『活きる』が非常によかったので、これも読まなければいけないと思っていて、やっと読めた。『活きる』とはテイストがかなり違うが、これも傑作。文句なくおもしろい。

こちらは、文革期から現代(原著は2005年出版)に至る、中国の片田舎「劉鎮」で、父親と母親がお互い連れ子をもって結婚したおかげで、「兄弟」になった、二人の男、宋鋼と李光頭のお話。

話の始まりは、公衆便所で、劉鎮で一番の美人、林紅の尻を李光頭が覗き見する場面から。このトイレのぞきの場面から、美処女コンテスト(もちろん、「処女」を審査員が食うためのコンテスト)、豊胸クリームや精力剤の行商や男である宋鋼が宣伝のために豊胸手術をさせられてしまうなど、後半は特に下ネタだらけ。登場人物も、大半、品のない人間だらけ。これは、下品さを中国現代史に重ね合わせるという著者の戦術。ただ一人、宋鋼だけが下品さから免れて高潔な人格を保っているのだが、物語の終盤で悲劇的な死に方をする。

悲劇と喜劇をごった煮にして、ミキサーでかき回したようなストーリー、登場人物の生へのエネルギー、背景になっている中国社会の変化が渾然となって、非常にスピード感のある作品になっている。特に中国現代史を悲劇または喜劇のどちらか一方で塗りつぶさなかったところがこの作品の魅力。

宋鋼、李光頭の対照的な描き方は、とてもいい効果をあげているが、自分にとって好きなキャラは、冒頭で尻を覗かれ、李光頭に岡惚れされながら、宋鋼の妻になり、その後李と不倫関係になって、夫の死後、売春宿を経営する林紅。この人物の変貌が中国人のなくしてしまったものと、それでも強く生きていく力を象徴しているのだろう。

日本は後半になってから、少しだけ出てくるが、この登場の仕方も印象的。最初は、豊かさの象徴として現れるが、次には打倒すべき存在になっている。小説が書かれた時期に小泉首相靖国神社参拝問題があったので、それが反映しているのだが、日本に対する感情の大きな揺れは、中国の社会的激動をそのまま映し出しているようだ。普通の中国人からすれば、日本が持ち上げられたり叩かれたりするのは、文革や改革開放によって正しさや社会規範があっという間に変化したことを反映したものにすぎず、それ以上でも以下でもないように思える。

上下巻で800ページ以上の大冊だが、ほとんど一気に読める。これも本当に読んでよかった小説。