北朝鮮帰国事業

菊地嘉晃『北朝鮮帰国事業 「壮大な拉致」か「追放」か』、中公新書、2009


北朝鮮への在日朝鮮人「帰国事業」の本。これが出版された時点で、この問題の「決定版」だったし、その後もこれ以上の本は出ていないと思うので、その地位は今でも変わらないだろう。

これだけの内容を、260ページの新書によく圧縮できたことに驚く。日本語、朝鮮語の文書以外に、赤十字国際委員会の文書、アメリカやソ連の文書も使われており、ボリュームはともかく、実質的に博士論文レベルである。

著者の評価では、帰国事業の問題は、北朝鮮当局と朝鮮総連の戦略と、北朝鮮での生活についての誇大な宣伝だったとする。それはそのとおりだが、北朝鮮への帰国が片道切符であり、一度帰国すれば、日本に戻ることはできないことがどの程度、帰国者に周知されていたかが、なお疑問として残る。

この本では、「日本人妻」については、「3年たったら、日本に戻れる」という虚偽の説明が朝鮮総連の関係者からなされていたとされている。在日朝鮮人についても同じような説明がされていたのだろうか。それとも、在日朝鮮人は、祖国に戻るのだから、日本にまた戻ってくることはありえないと、自分自身考えていたのかどうか、その部分はわからない。

初期の帰国運動から、北朝鮮と総連の方針転換、その背景にある韓国への対抗や北朝鮮の国内事情まで、この本のページ数でカバーできる範囲のことはきちんと書かれている。労作である。