「普天間」交渉秘録

守屋武昌『「普天間」交渉秘録』新潮社、2010


これは文句なく面白く、ためになる本。著者は、この本が出版された時点では最高裁に上告中(後に上告取り下げ)、服役の後、今年の7月に仮出所という立場。

防衛庁官房長に就任してから、秘書がつけたスケジュール帳(面談、電話の相手、場所をすべて記録したもの)に、著者が会話の内容を記入するという方法で、官房長、防衛局長、次官時代のできごとをもれなく日記につけている。この日記を元にして執筆されているので、記述は非常に詳細。また登場人物はすべて実名。「書いていないできごと」はあったとしても、「書かれていること」については、事実の誤りはないだろうと考えられる。

記述の大半は普天間基地移設問題にあてられ、それに付随して防衛庁の省昇格問題についても書かれている。記述は全体として、沖縄県の知事、市町村長たちが、大臣、国会議員らと絡んで、著者とどのように渡り合ってきたかについてのもの。辺野古の滑走路問題があれほど二転三転しながら解決しないまま延ばし延ばしになっていた理由は、沖縄県知事(主に稲嶺)が、沖縄のゼネコンと手を組んで滑走路の「沖出し」を図っていたためである。知事=ゼネコン連合のそうした行為の背景には、はっきりとは書かれていないが、埋め立て面積を増やすことで、建設費用を上乗せする目的があったようだ。

これに対して、著者は滑走路の沖出しは、環境問題を大きくし、反対運動が強まって基地移設が実現できなくなるという立場から一貫して反対し続けた。この著者の姿勢が、小泉政権で著者が重用された理由であり、安倍政権になっても次官の座にとどまり続けた理由でもある。

沖縄県庁の戦術は、政治家や防衛庁が相互に連絡を十分に取れず、一貫した態度を取れないことを利用して、各個に相手を分断し、譲歩をちらつかせては補助金を上乗せさせ、それをできるだけ長引かせるというもの。実際に基地の移転ができるかどうかはあまり問題ではなく、時間を引き伸ばしてとにかく相手の譲歩(補助金増額、基地建設費用の上乗せ)を勝ち取ろうとしている。これをねじ伏せるのは並大抵のことではなく、著者の手腕と頑固な姿勢が総理官邸に認められていた理由も納得。

基地移設問題に関係する政治家は、防衛庁長官(防衛相)、外相、沖縄問題担当相など複数いて、与党の有力政治家も当然関与している。大臣の任期は短く、引継ぎや政府、与党内部での情報共有が十分できていない。ここを突かれて沖縄県庁にいいようにやられているのである。

著者は、基地移設反対勢力のことにはほとんど触れていない。それらの人々は働きかけても無駄な人々と思われていることに加えて、この問題の主要なアクターではないと見られているのだろう。県下の市町村長が知事と同一歩調を取っていないこともおもしろい。

普天間基地移設問題だけでなく、政府、与党内部での決定のしくみ、人事についても、多くのことがわかる。著者でなければ書けない貴重な本。