読んで味わう広島の建築 生誕100周年・丹下健三と広島

「読んで味わう広島の建築 ~生誕100周年・丹下健三と広島~」、アステールプラザ、2013.8.11


これは図書館の企画として行われた講演会。内容は、平和記念公園と設計者の丹下健三との関わりだが、ほぼ2時間たっぷりあった。講演会だが、図書館の企画なので丹下健三自身の文章や、インタビュー記事が資料として参加者に配られていて、資料に読みどころが多かった。

講師の高田真氏は、広島の建築を紹介するイベントを行なっている人。以前に、この関連イベントで平和公園の建築を案内する企画に参加したことがあり、あまり見せてくれない「レストハウス」の地下を見せてもらったり、平和公園の建築思想について話を聞かせてもらったりしていたので、この講演会の内容はおおよそ既知だったのだが、知らなかったこともいくつかあって、けっこう勉強になった。

モダニズム建築の簡単な紹介、丹下健三の作品と生い立ちについての説明の後、平和公園の設計に関する話があった。コンペでの1等、2等、3等の各案とプランの概要、平和記念資料館の見どころについて詳しい説明があった。

丹下案は、西国街道や、橋の配置などの町の構造をよく取り込んで考えられたもの。また、遺跡(原爆ドーム)、広場、祈りの場所(慰霊碑)、平和会館(平和記念資料館)は最初から設計構想に入っており、現在行われている式典のようなものが開催されることはあらかじめ考えられていた。

平和記念資料館の設計が、厳密にフィボナッチ数列に従って行われているというのは初めて知った。これは寸法が入った図面を見ないとわからないのだが、資料館の各部の寸法がフィボナッチ数列から出た数値通りにつくられている。これにもややこしい理屈がついているのだが省略。

公園が作られる前の中島地区の写真では、一面、バラックが立ち並ぶだけ(遠いところに原爆ドームが見える)の敷地を、現在のような形にして、さらにただの公園ではない「平和の工場」に仕立てあげた丹下健三の眼力はさすが。まあ、その「平和の工場」からつまらないものが生み出されているという話はあるのだが、それはそれとして、このシステムを建築を通じて設計した力量はただものではない。充実した講演で、おもしろく聞けた。