八重の桜 32話

「八重の桜」32話、「兄の見取り図」


八重は台所仕事がうまくできない。覚馬は、家のことはすべて時栄に任せるようにいい、八重を書庫に連れて行く。覚馬は自分では読めないので、八重に朗読させるつもりなのだ。これは無学な時栄にはできないこと。しかし、砲術の本しか読んで来なかった八重には、「万国公法」に出てくる国の名前が読めない。「日耳曼」が「ドイツ」なのだが、これって読みは「ゲルマン」じゃないのか?

翌日、覚馬は京都府庁に出仕するが、お供には今まで付き添っていた時栄ではなく、八重を連れて行く。大参事の槇村正直高嶋政宏)が長州人と聞いて八重は帰ろうとするが、覚馬に引き止められる。覚馬は、八重に英語を学ばせて府庁で使うつもり。女紅場(女学校)に住み込んで舎監をやれと言われ、八重は激しく反発するが、覚馬は耳を貸さない。

覚馬は会津の陣があった金戒光明寺に八重を連れて行き、「これがおれの戦だ」と八重に説く。八重は女も学問をすべしという兄の考えを聞かされて、だんだんその気になってくる。

ワシントンにいた岩倉使節団には、新島襄が通訳についていた。しかし使節団の中では大久保と木戸が対立。新島襄使節団にくっついてきた山川捨松と談笑している。捨松は山川の苗字も名乗っておらず、前回出た時はたしか子供のはずだったので、いきなり出てきても、見ている人は誰だかわからないのでは?

覚馬の家には西郷隆盛が訪ねてきて、薩摩藩邸を始末するので買ってくれと言う。覚馬は京都府出仕といっても、そんなに金があるのか?薩摩を信用しない八重がまた疑いを入れるが、西郷は、「立場が違えば逆になっていた」と言って八重の相手はしないまま帰っていく。八重はわからないことの答えを学問に求めようと女紅場に行くことにするのだった。


番組終わりの「八重の桜紀行」で、京都の薩摩藩邸跡がいまの同志社大学今出川キャンパスだと紹介しているが、烏丸通りの西側を除いても、同志社はかなり広いですが…。後で敷地を買い足しているとしても、御所の北隣で府庁も近いようなところでそれなりの敷地だろうから安いわけはないだろう。覚馬が京都府に出仕してそれほど時間が立っていたわけではないから、地方官でも官吏の給与は大したものだったらしい。