夕凪の街 桜の国

こうの史代夕凪の街 桜の国双葉社、2004


映画だけ見て原作を読まない状態で、映画に批判的なことを言うのもよくないと思って、原作も読んでみた。ページ数は非常に少なく、全体で100ページくらい。映画は、「夕凪の街」「桜の国」の2部構成だが、原作は「桜の国」が、2つのパートに分かれていて、主人公の七海が子供の頃の話と、七海が成長して広島に行く話からできている。映画では、「桜の国」の中での時間が順番に流れておらず、どのエピソードがどうつながっているのかがわかりにくかったので、その点では原作の方がよくできている。

映画はほとんど原作を忠実になぞっているのだが、いくつかの重要なところで、原作の描写が削られている。特に、前半の主人公皆実が原爆投下直後の状況を思い出す場面、皆実が腐っていない死体から下駄を剥ぎとって履くところを回想している場面(ここは直接絵に描かれているのではなく、ほぼセリフ)が、映画にはない。皆実の妹は原作では見つからないまま(映画では皆実の背中で死ぬ)になっているし、皆実の死も直接的な描写はなし(映画では弟と恋人が死を看取ることになっている)。

この辺が映画が「描きすぎ」で、話が嘘っぽくなっているところなので、これも原作のほうがよくできている。

全体的には、映画よりは原作のほうがいいのだが、このマンガの評価がそれほど高い理由はやはりよくわからない。説教めいたところは薄いが、それでもよくある「ヒロシマ」ストーリーの創作であることには変わりなく、泣かせる話ではあるが、特に後半での七海のエピソードは、いかにも「平和教育」っぽくなってしまっているところは否めない。

破綻はなく、それなりによくできてはいるが、「ヒロシマ」の既存の物語をなぞったもので、特に新しいものは感じない。広島にいると間断なく同じような話ばかり流されているから、耐性ができているだけ?いや、この話は、後から生まれた人が「ヒロシマ」ストーリーを自分の中で再構成したもので、自分にとっては「他の地域の人にとっては珍しいかもしれないが、広島でマスメディアや教育現場で果てしなく再生産されている話と変わらない」。よってつまらない。この話が広島で特に喜ばれることはわかるが、そのことも含めてつまらない。