ときめかない日記

能町みね子『ときめかない日記』幻冬舎、2012


能町みね子のこれはマンガ。なかなかの佳作。26歳(処女)の「山田さん」の痛い恋愛日記、というより恋愛にこぎつけるまでの日記。

女性で26歳だとなんとでもなるだろうと思っていたが、それでもかなり自分でその気になってそれなりに踏み出さないと何も起こらないというのは非常になっとく。自意識過剰な人は、この山田さんと同じで誰でも非常に苦労しているのだろう。

相手も、出会い系サイトで見つけた「はぎさん」(30歳)、会社の同僚「福岡さん」(34歳既婚)と微妙なところ。特に「福岡さん」は軽いようでいて、けっこうこちらも自意識過剰。なので、さっさとやれるところをうまくタイミングが合わない。このへんの呼吸の合わなさ加減の描写が非常にリアル。

結局はタイミングが合った(向こうがかなり強引に押してきた)「はぎさん」とデキてしまうのだが、このマンガのいいところは、処女を捨て、恋人を作ったことの達成感はあっても、それが「山田さん」本人のドキドキ感やハッピー感にはほとんどつながっていないところ。

「山田さん」が「はぎさん」とどうなるのかを描く前にマンガは終わってしまうのだが、これでいいのだ。あまり余計なこと(山田さんの成長)を描いても別におもしろくないし、最初の一歩を踏み出したことの微妙な心の変化をうまくすくいとっているところがいいのである。一発セックスしたからといって、人間、簡単にはときめかない。

能町みね子の絵はお世辞にもうまくはないのだが、このマンガでは下手さというか、素人っぽさが、ストーリーと非常によくシンクロしていて、ちゃんとした味を出している。髪の色以外にほとんどベタ塗りがない(つまりほとんどの登場人物は髪を染めていない)ところもいい効果になっている。

主人公が26歳という設定も効いている。これが36歳だとかなりどうにもならないだろう。30歳近くでも、なかなかここまで足を踏み出せないだろう。マンガのいろんな構成要素がうまく噛み合って、こじらせた人の痛さをよく表現できている。