逃北

能町みね子『逃北~つかれたときは北へ逃げます』文藝春秋、2013


旅行記とも、自分語りのエッセイともつかない本だが、かなり読み応えがある本。この「逃北」というのは、著者の造語で、サブタイトル通り、「つかれたときは北に逃げたくなる」「それを実行する」著者の行動をさす言葉。

著者の大学時代の「逃北」記がまず出てくるが、東京から7泊8日で網走へ、しかも3泊は網走にある友人宅に泊まっているが、後はすべて夜行バスの車中泊というおそろしい日程。著者はかなり寝付きのいい人らしい。夜、ほとんど寝られない自分がこんなことをしたら、一日中睡眠不足でたぶんたいへんなことになる。

著者の「逃北」は、観光地めぐりとかそういうことはまったく目的としておらず、ひたすら北に、それも思いついた時に突発的に行って行き当たりばったりに帰ってくるというもの。稚内、小樽、夕張、青森、三陸、宮城、新潟、そしてグリーンランドにまで行っている。このグリーンランド旅行記がかなり貴重なもので、当然のことながら日本からグリーンランドに観光しにいくような物好きはほとんどいないため、日本語の情報源はほとんどなし。「ロンリー・プラネット」の情報もかなりあてにならないらしい。しかも、グリーンランドで一番大きい町「ヌーク」には文字通り何もなく、ホテルも食事もやたら高い、そしてグリーンランドの自殺率は日本の4倍であるとのこと。著者の旅程では、アイスランドに入って、そこからグリーンランド、さらにデンマークへ、というすごいことになっていたらしく、この行動力はうらやましいかぎり。

著者はこの本を書いた時点で、ANN0のパーソナリティになっていたので、1週間東京を空けることはできなくなっているのだが、それでも逃北への熱情はおさまらないらしい。稚内に一ヶ月滞在をもくろんでいたと書かれている。稚内に一ヶ月もいたら、退屈で死にそうだが、著者にはなんともないようす。グリーンランド以外への旅の記録も、なんともいえぬ寒々しさがただよっている。著者の本の中では、これがいちばんおもしろい。