勲章

栗原俊雄『勲章 知られざる素顔』岩波新書、2013


著者は毎日新聞記者。日本の勲章制度について、明治時代の制度発足から、戦後の生存者叙勲の停止と復活、2003年の制度改革(数字による等級の廃止)、勲章授与の選考、勲章をもらった人、断った人の態度、勲章が製造される過程と、古物として売買されている現場まで、ひととおり調べている。

著者は明確には自分の見解を出してはいないが、読んでいくと明らかに勲章制度自体に批判的であることがわかる。国家への功績に勲章を与えるということが気に食わないし、さらにそれに順位をつけることがよくないということらしい。こういう姿勢を匂わせていることでこの本の価値は下がっていると思うが、書いてある内容は文句なくおもしろい。

特に戦前の叙勲の基準、戦後での生存者叙勲の停止(廃止ではなく、あくまで停止。この理屈によって生存者叙勲を復活させることが可能になった)とそれが1964年に復活するまでの過程についての議論は非常におもしろかった。勲章制度や位階制度の復活には強硬な反対があって、簡単には実現できなかったのだ。歴代政権が提案した叙勲制度の試案ものっていて、これもおもしろい。特に数字を使って等級をつけることに抵抗が強かったことがわかる。

結局数字の等級つきで制度は復活するのだが、2003年の制度改正で数字の等級はなくなった。とはいえ、数字を外しただけで、勲章のランキングそのものは残っているのだ。だったら根本的には何も変わっていないと思うが、著者はそのように考えてはいないらしい。

また、勲章を欲しい人の叙勲への運動についての記述がおもしろい。とにかく何が何でも勲章がほしい人は、十年くらいの時間をかけて勲章をもらうための運動をするのだ。人間、カネと名誉とは言うが、ここまでの情熱がかかっていることを具体的に説明されると味わい深い。その割に、叙勲を拒否した人の話はあまりおもしろくない。石橋正嗣(現役議員時代から一貫して生存者叙勲制度に反対していた)くらいは確かにエライと思うが、大江健三郎など、ノーベル賞だけでなくレジオン・ドヌール勲章も受けているのだから、文化勲章の拒否には失笑するばかり。

そして一番の笑いどころは、勲章の現物が古物市場で売買されているエピソード。ちなみに最高位の「大勲位菊花章頸飾」は1億2000万円で買うという業者がいるそうだ(さすがにこれは現物が市場に出ているわけではない)。売買されている勲章は、外国人叙勲されているものがけっこうあるらしい。叙勲された本人が死んでしまえば、遺族にとって勲章の価値など大したものではないというお話。

人間の名誉欲とそれを利用する側の知恵について考えさせられるところが多い良書。