北朝鮮のリアル

チョ・ユニョン『北朝鮮のリアル』東洋経済新報社、2012


著者は、1979年生まれ。梨花女子大学大学院で修士課程を終了した後、脱北者支援団体でボランティアとして働いたり、先年亡くなった黄長曄の秘書を務めたりして来日、現在早稲田大学大学院博士課程で日朝関係の研究に従事、という経歴の人。この本の内容のほとんどは、著者の脱北者に対するインタビューを整理したもの。

脱北者インタビューが情報源なので、本の内容のほとんどは、最近の北朝鮮の社会状況についてのもの。北朝鮮国内ではインターネット接続はできないものの、ラジオの外国放送は、少なくとも脱北者の間ではかなり聞かれていて、中でも韓国関係のニュース、文化、日常生活、そして天気予報がよく聞かれている。金大中政権でラジオの内容が変えられた後は、韓国の短波の北朝鮮向けラジオ局やVOA,RFAも聞く人が増えている。当局によるラジオ受信機の管理はあまり機能していないようだ。

韓国文化(映画とテレビドラマ)は2002年頃からVCDとDVD、さらにハードディスクやUSBメモリで普及しており、MP3,MP4プレイヤーも音楽用に急速に広まっている。北朝鮮では使われていない韓国語の語彙も流行のネタになっている。政治的な問題に関心がない人でも、音楽とメロドラマの訴求力は強い。

携帯電話は、2012年2月の時点で、契約数100万台。携帯電話事業が始まったのが2008年、2010年の時点で契約者30万人だったので、普及の速度は早い。端末代金200ユーロ、通話料は当初は1分間5ドル(現在の価格は不明)。サービスエリアは、平壌新義州、元山、南浦、咸興などの大都市のみ。ユーザーは主に党、軍幹部と貿易商だが、平壌では学生にも次第に普及している。サービス内容は、音声通話、SMS、カメラのみ。学生はほとんどSMSだけを利用している。

ほかに興味をそそる部分は、「下からの」市場が着実に整備されつつあること。食料、衣類から中間財まで商品ごとの市場が成立し、運び屋も個人単位の小規模なものは一掃され、トラックや列車を使って企業化されている。住宅、農地も名目はともかく実質的には個人の所有物となっていて、それらを売買する市場も成立している。当然、外貨両替、送金も事業化されており、この本には書いていないが、金融も事業になっているだろう。特に2009年の「通貨改革」と称する預金没収によって、日常取引や資産保全が外貨中心に移行していったために、両替の需要がさらに高まったという話はおもしろい。

脱北して、韓国や他の安全な国に渡れる人々は、ある程度の余裕がある階層なので、最も所得の低い階層の情報が抜けている可能性はある。しかし、北朝鮮が容赦なく市場社会化されつつあり、上からの統制強化などでは、この動きを止めることはできないことはよくわかる。北朝鮮の内部情勢は、継続的に新しい情報を入れていないと、あっというまにわからなくなってしまうという著者のコメントは重要。