歌う国民

渡辺裕『歌う国民 唱歌、校歌、うたごえ』中公新書、2010


これはおもしろい。帯にでかでかと「芸術選奨文部科学大臣賞受賞!」とあるのだが、さすが賞をとるだけの快著。

「夏季衛生唱歌」というよく知らない歌からはじまって、唱歌、卒業式の歌、校歌、都道府県歌、うたごえ運動といった「国民づくり、集団づくりのための歌」が次々と取り上げられ、音楽が近代日本の形成に果たした役割と、音楽が元々のコンテクストをはなれて展開していくさまが論じられる。

著者の関心は、個別の音楽の紹介を越えて、音楽と社会のつながりを論じていくことにあるので、紹介されている音楽を知らなくてもそこそこに楽しめ、知っていればさらに新しい発見がある。あまりマイナーなものでなければYouTubeで探すとけっこう見つかったりするので、聞きながら読んでいるとおもしろさ倍増。卒業式の歌がどういう事情で変わっていったかというエピソードなどまるっきり知らなかったが、テレビドラマ一つがそんなに社会的影響を持っているということにびっくりした。

「県歌をめぐるドラマ」の章も、これほどまでおもしろいストーリーが県歌の裏にあったという事実に驚嘆。昔、何も知らずに「若い力」を体育の時間に歌わされていたが、あの歌とダンスを結びつける風習があったということははじめて知った。

うたごえ喫茶の章では、左翼運動のための歌というコンテクストを離れて、戦時歌謡や右からの動員ソングとの連続性が論じられる。著者の書き方は、一筋縄ではいかない音楽にはりめぐらされた細い糸の網目をていねいにすくいあげていて、それが読みどころになっている。

ダンスにほとんど興味がもてなかったのだが、この本に出てくるおもしろダンスはきっと見てもおもしろいだろうと確信する。音楽に対する見方を変えてくれる本。