コチェビよ、脱北の河を渡れ

高英起『コチェビよ、脱北の河を渡れ 中朝国境滞在記』新潮社、2012


デイリーNK東京支局長という肩書きで、たびたびメディアに登場する(実際はフリーランスのジャーナリスト)著者の、半生記兼、最近の北朝鮮事情についての本。

著者の父親は在日朝鮮人一世で、朝鮮総連の「愛国的商工人」として総連に多額の寄付を行い、北朝鮮の支持者だった。しかし母親の反対で、著者は中学校まで日本の公立学校に通った後、高校を退学になって朝鮮学校編入させられることになる。この年齢で朝鮮学校に入学するとなると、朝鮮語はあまりできず、また朝鮮学校の規律や雰囲気にもなじめなくなって、大学は関西大学に入学。ここでも総連の学生組織「留学同」に入るが、北朝鮮の体制に反対していた李英和の研究室に出入りするようになり、「RENK]に参加。北朝鮮難民の救援活動に参加するため、仕事を退職し、中国の延辺大学に語学留学生として入学する。

延吉到着後、延吉の脱北者ネットワークと関係を持ち、北朝鮮の「ジャンマダン」を初めて隠し撮りした、「アンチョル映像」の制作に関与。その後日本に帰国してジャーナリストを続けながら、脱北者の援助活動にも関与しているという経歴。

著者が延吉にいたのは、1998年から99年で時期が古いので、中朝国境での朝鮮人脱北者のレポートはあまり新味は感じられないが、中国朝鮮族脱北者に対して明らかにさげすむような態度を取るように変わっていく過程が描写されていておもしろい。要は、同胞というだけでの一方的な援助はあまり長続きしないし、中国公安との関係や経済的負担を考えると、脱北者の保護は、中国朝鮮族が受け入れられる能力を超えているということ。

また、日本において在日朝鮮人脱北者問題に冷淡である理由の一端についても触れられている。在日にしてみれば、やっと韓国文化が日本に受け入れられ始めて、韓国に対する負のイメージが払拭されつつあるところに、北朝鮮のマイナスイメージを持ち込まれたくないし、北朝鮮の暗黒面を見せられるのも嫌だということのようだ。直接の親族が脱北して日本に来ているというような事情がなければ、在日にとっては脱北問題はあえて触れたくない問題なのだろう。

最近の北朝鮮情勢については、ジャンマダンの大規模な拡大と、ヤミ経済の浸透、コンピュータやDVDプレイヤーの普及を通じて、韓国のコンテンツが蔓延し、当局の統制が次第に効かなくなっていることが強調されている。この辺の事情は既知の範囲内。

金正恩の母親、高英姫朝鮮語の表記を漢字に直すと、英姫という表記にはならないはずと著者は書いている)の出自を突き止めるエピソードはおもしろかったが、留学時の経験をより細かく書くか、最近の北朝鮮情勢についての情報収集の方法について、もっと突っ込んだ記述がほしい。