オーケストラの経営学

大木裕子『オーケストラの経営学東洋経済新報社、2008


オーケストラの運営を経営学の視点で解説する本。著者は、東京シティフィルのヴィオラ奏者から経営学者に転向したという経歴を持つ人なので、楽員の視点と外部の分析者としての視点を両方有していて、このテーマで本を書くことに適役。

読者として想定しているのは、特に音楽好きとか、クラシックファンというわけではない人を含めているので、簡単な知識も含めて脚注に入っていて、読みやすい。

一番興味があったのは、「音楽家になるにはいくらかかるのか」「どう考えても赤字に見えるオーケストラの費用はいくらかかっていて、どこから出ているのか」という点。

まず音楽家になるための費用だが、まず音楽大学に行く人がどのくらいいるのか。日本の音楽大学(短大および教育学部の音楽専修課程を含む)の一年分の定員は約1万人。現在学齢期にある人口は1年で150万人前後なので、人口の0.7%くらい、大学進学率が50%として、大学進学社の1.4%くらいが音楽をやっていることになる。多すぎる…。

そして進学のための費用は、レッスン代が1000万円、音楽大学の学費(私立4年制の場合、寄付金込み)が1000万円、楽器代が1000万円、大ざっぱにいって3000万円かかるとのこと。高い…。しかもこの費用はそこそこのレベルの音楽大学に行くための費用であって、これだけでプロの音楽家になれるわけではない。日本のプロオケの数が28。約2000人の楽員がいるということなので、1年間にできる空きポストの数を考えれば、オーケストラの楽員になること自体が非常に難しく、ソリストはさらに難しい(日本で大ホールを埋められるソリストは十数人とある)から、この時点で引き合っていない。

オーケストラの楽員の収入は、一番高いN響と読響で平均700万円以上、低い方だと大阪センチュリー、広島、山形、神奈川クラスで400万円から500万円、日フィルとニューフィル千葉で300万円から400万円、関西フィル、京都フィルは300万円以下とある。しかも低い方のオーケストラは年齢が上がっても収入はほとんど上がらず、日フィルで60歳の楽員でも500万円くらい。まったく採算のあわない商売ということになる。

オーケストラの運営費用については、全体の平均で事業収入55%、行政助成34%、民間助成7%となっている。これは全体の平均なので、N響、読響、都響などの放送局や自治体のお抱えになっているところはまあいいとして、この本で「自主運営型」とされている、日フィル、新日フィル、東フィル、東京シティフィル、関西フィルなどでは公的助成はほとんどつかないという。これらのオケは、寄付と依頼公演の収入に頼るほかはないので自転車操業。これはたいへんだ。

しかも定期公演の場合、経費1800万円に対してチケット収入は5000円×1000枚として500万円しかないので、やればやるほど赤字。クラシックの場合、客の範囲が限られているし、チケット代にも相場というものがあるので、チケット代を上げることは難しく、大きなホールで客数を稼ぐことも難しい。物販収入もポピュラーのようなレベルでは期待できない。外部資金がスポンサーか、寄付か、依頼公演か何らかの形で入らないと、運営はできないということになる。実際、自分がいつも行く広響の公演でもチケット代は4000円から5000円。HBGホールが2000人収容でだいたい7割くらいの入りだから、そんなものだろう。

音楽で食べていくということがいかにたいへんなことかということがいろいろとよくわかる本。ポップスの場合は参入障壁が低い分、さらに食べていくのはたいへんなはずなので、生半可な気持ちでやれるものではないというおはなし。