平壌6月9日高等中学校・軽音楽部

ファンキー末吉平壌6月9日高等中学校・軽音楽部 北朝鮮ロック・プロジェクト』集英社インターナショナル、2012


著者は「爆風スランプ」のドラマー。この本は、著者が北朝鮮の高等中学校にロックを教えに行ったプロジェクトの記録。著者が訪朝したのは、2006年から2012年までに6回ほど。

このプロジェクトのきっかけは、中国在住の日本人の北朝鮮研究者から、北朝鮮社会の変化を映像で記録したい、そこに日本人が関わっているところを撮りたい、そのためには、音楽、特に楽器ができて、中国に長く住んでいて共産圏の事情がわかっている著者が最適任と説得されたことによる。これはそのとおりで、著者はいまだにまったく朝鮮語が話せず、すべて通訳を介したやりとりなのに、ちゃんと朝鮮人の子供の心をつかんでいる。これは疑いなく音楽、特に楽器の力。

自分はロックは聞かないので、著者が言っている音楽の話、特に音楽用語はほとんどわからないから、その部分はスルー。しかし、それでもこの本は近年の北朝鮮社会の変化をよく捉えることに成功している。

北朝鮮社会は「リーダーの指示が絶対」という規範が定着した社会だが、そのような行動規範が学校生活を通じて子供に体得させられていることがよくわかる。軽音楽部では、教師に指名されたリーダーである部長の指示が絶対。楽器のうまいへたは関係ない。この秩序には外部からきた客である著者は手が出せない。

しかし、このような秩序に少しずつほころびが生じていることも書かれている。最後の2012年の訪朝では、子供たちは外部からきた人間がカメラを回していること、外国人がいることをほとんど気にせずにカメラの前で先輩の悪口をガンガン話している。明らかに社会規範が緩んでいるのだ。

この事態をもたらしたのは、疑いなく中国からの投資とそれによってもたらされた北朝鮮社会の「資本主義化」である。この本でも平壌の学校の生徒のほとんどが携帯電話をもっていること、デジタルカメラやパソコンが(日本製のものも含めて)中国からどんどん入っていることが書かれている。

それでも変わっていない部分は厳然としてある。著者が金正日の死去に触れた時の子供達の凍りつくような態度は、政治的な問題、特に最高指導者への言及が北朝鮮では最大の注意を要する問題だということをよく示している。

このような北朝鮮社会の変化と不変性をきちんと捉えられているのは、定点観測的に北朝鮮を訪問している著者の強み。また音楽、特に言葉ができなくてもできる器楽が飛び道具になっていることもわかる。著者には分析的な視点はあまりないものの、北朝鮮社会の状況をよく観察している良書である。