イスラームから世界を見る

内藤正典イスラームから世界を見る」ちくまプリマー新書、2012


かなりおもしろく、ある意味非常に深刻な事が書かれている本。イスラームの概要から、いわゆる、「アラブの春」(ただし、著者がこのネーミングには非常に否定的)、イラクアフガニスタンでのアメリカの戦争、イスラムと人権、民主化の問題、特にヨーロッパ各国におけるイスラーム人と現地住民との文化的衝突の問題など、非常に現代的な問題をカバーして書かれている。

著者は、チュニジア革命後の民主化運動を、一般的なつまり欧米的な意味での民主化と捉えることには非常に批判的で、世俗化された独裁体制に対するイスラーム的公正を求める革命なのだと考えている。

そもそも著者によれば、イスラム圏の地域において、世俗主義を基本とする、政教分離民主化体制が成立するという見通しはあまりないとする。世俗主義という概念そのものがキリスト教文化圏で歴史的に成立してきたものであり、イスラム圏で同じことが成立するわけではないとする。

例としてトルコにおけるイスラーム主義を代表する政党と、世俗主義を代表する軍の関係についての歴史が述べられているが、この話が非常に説得的。要するに、イスラーム世界で民主化が起こるとすれば、それはイスラーム的な体制の樹立につながる可能性が高く、少なくとも世俗主義的な民主制をもたらすわけではないという。

イラクアフガニスタンにおけるアメリカの戦争の失敗の理由についても、納得のいく説明がされている。しかしイラクはともかくとして、アフガニスタンについては、アメリカがタリバンと取引するという可能性はほとんどなかったとは思うが。

他にも、イスラエルの存在を否定するイスタンブールシナゴーグのラビの話や、アルメニア虐殺問題を蒸し返すことは迷惑とするイスタンブールアルメニア正教会の指導者の話など、非常に面白いエピソードが頻出。

しかし、著者のいうイスラーム的な民主主義は、重要な点で一般的な民主主義の定義とは相容れない点があるので、欧米的な基準すなわち一般的な基準からはおそらく受け入れられないだろう。

著者が宗教的な侮辱の問題で、イスラーム側にかなり偏ったような見方をしていることは、引っかかりを感じる。例えば、サルマンラシュディの「悪魔の詩」問題について、著者は明確に言及していないが、ラシュディの身体の安全と表現の自由は守られるべきであるという点については、欧米諸国の立場は揺らがないだろう。

全てを素直に読めたわけではないが、面白いそして読むべき本であることは間違いないと思う。