日本恋愛思想史

小谷野敦『日本恋愛思想史 記紀万葉から現代まで』中公新書、2012



あっちゃんの新著。核心になる主張自体はこれまであっちゃんが言ってきたことと変わらないが、その論証を古代文学から現代までの日本、西洋、場合によってシナの文芸作品を博捜してやり遂げたというのが、この本の新しいところ。

「恋愛輸入品説がどう間違っているか」という、あっちゃんの年来の主張からはじまり、ギリシャ、ローマの古代文芸、日本公家文学とトゥルバドゥール、ルネサンスと徳川文化、西洋近代の恋愛思想と続いて、その後明治以降の日本近現代文学における恋愛が取り上げられる。とにかく、「こんなものまで読んでいるのか」とあきれるような多読、博覧強記で、それに圧倒される。あっちゃん自身、「人文学は読んだ量が勝負」とはっきり書いているし。

これを読むと、ほとんどの「恋愛論」が、特定の時代や地域、階層(多くの場合は執筆者の個人的体験と、周囲の人々からの聞き取りレベル)に限定されたもので、それを超えて一般化できるレベルのものではないことがよくわかる。これが経済だとか、法律だとか、自然科学の議論だったら、もともと知らない人は手を出さないし、知っている人の間の議論であっても、ある程度の議論のフォーマットがあるから、ある程度は論争に入ってくる人を限定できるが、それでも変な議論はいっぱいある。恋愛はほとんどすべての人が関心を持っている分野だから、誰でも議論に入ってくるし、専門家は、「特定の時代の特定の地域の」文学や社会学の専門家だから、その人たちには比較研究がほとんどできていない。あっちゃんくらい怪物レベルで本を読んでいないと、この問題はどうにもならないだろう。

なかなか笑えるのはあとがきで上野千鶴子が手厳しくやっつけられていることで、上野は、酒井順子『負け犬の遠吠え』の男バージョンが書かれないのは、「男が負けを認めたくないからだ」と言っている。これは上野千鶴子が、あっちゃんの『もてない男』その他の本や、ネット上に膨大にあふれている「喪男」のメッセージを何も知らないからで、あっちゃんからは「お笑いの人」「フェミニズム恋愛論の無残な末路」と断じられている。これで上野千鶴子が何か反応すれば、またそれもおもしろいが…。