「壁と卵」の現代中国論

梶谷懐『「壁と卵」の現代中国論』人文書院、2011


中国経済研究者の著者が、中国社会の断面をさまざまな形で切り取って分析した本。タイトルの「壁と卵」は、村上春樹エルサレム賞受賞演説の表現からとられている。

取り上げられている題材は、中国社会と歴史的制度形成、低賃金労働、臨時工、不動産バブル、人民元、財政金融政策の歴史的展開、市場化と民主化、人権、日本人の中国観、民族問題、といった問題。

どの章でも、論点の料理の仕方がおもしろく、参考になるところが多い。特に中国の近代以後の歴史が、今の中国とどのようにつながっているかということは自分の知識が薄いので教えられた。中国には、近代的な「私的所有権」の概念が定着しておらず、土地所有が限定的にしか認められていない状況の原因も中国の伝統的な所有概念にあるという話などはよくわかっていなかった。しかし、日本でも土地に関する権利が排他的な所有権で仕切られるようになったのは、それほど昔のことではないと思うが、どこで道が分岐してしまったのだろうか。

標準的な経済学の分析用具だけではなく、広く思想や歴史の文献に当たっていることで、厚みのある議論になっている。ただ、タイトルになっている「壁と卵」の議論を取り上げている最後の章は、自分が村上春樹をよく読んでいないせいもあるが、今ひとつ意味がとれない。