潜入ルポ ヤクザの修羅場

鈴木智彦『潜入ルポ ヤクザの修羅場』文春新書、2011


ヤクザもののライターとしては溝口敦が一番おもしろい文章を書いているのだろうと思っていたが、この著者は、溝口敦と同じくらいおもしろい。タイトルは実話雑誌(という名のヤクザ業界誌)っぽいが、それは著者自身が実話雑誌の編集に関わっていて、現在はフリーライターとして仕事をしているからで、このタイトルは本の内容だけでなく、著者の経歴についても、何ほどかのことを語っていることになる。

この本がおもしろいのは、著者自身が、ヤクザ組織の中に入り込んで、現場では何が起こっているかを仔細に見て書いているからである。歌舞伎町のヤクザマンションに住んでみたり、西成区飛田新地の真ん中にある部屋に住んでみたり、ここまでしないと記事は書けないのかというくらい、内部に入り込んでいる。

そのせいもあると思うが、この本はヤクザの全体的な鳥瞰図というよりは、ヤクザの生態を間近で見ている虫瞰図になっており、それでいてヤクザという商売がどのように成立しているのかということを全体的に見ることにも役に立っている。ルポルタージュのお手本のような仕事だ。

東日本と西日本での、ヤクザと社会の関係性の違いとか、賭場でのヤクザと客の細かい駆け引き(これは、西日本での博打が、客同士の張り合いではなく、賭場と客の間の勝負になっているため)とか、現場をずっと見てきた者にしか書けない細かい迫真性に満ちた記述になっていて、読んでいて手に汗を握らせる。これはヤクザものの映画とは違ったレベルの、文章の持つ力で可能になっていること。

ヤクザと在日、同和との関連についても当然触れられているが、「現代において、差別はヤクザになることにエクスキューズにはならない」と断言している。このように、著者はヤクザ社会の中に身を置きながら、自分を外部の人間として、ヤクザとははっきり距離を取っており、この姿勢が本書の信頼性を高めるのに貢献している。

司法、警察の取締り強化、社会からの圧力により、ヤクザの居場所は確実に狭くなっているが、それでも社会がヤクザを便利な道具として使っている限り、ヤクザはなくならない。その狭まったヤクザを飯の種にする著者の仕事も、それだけ困難さを増しているということでもある。