ディア・ピョンヤン

梁英姫『ディア・ピョンヤン』、アートン、2006


映画監督、ドキュメンタリー作家のヤン・ヨンヒの最初の著作。だいたいの内容は、自分の生い立ちと家族、そして自分がドキュメンタリー作家になるまでのプロセス。

いちばん驚いたのは、朝鮮学校のシステムである。これは北朝鮮本国と同じであって、卒業後の進路は、すべて学校側が決めるのが当然のことになっている。普通の学校の進路指導というものとは違うのだ。労働党の代わりに学校が(実際には学校の組織自体が朝鮮総連のやり方でつくられているのだから、北朝鮮と変わらない)学生の進路を決めるだけ、生徒は従うだけである。著者は、このシステムに逆らおうとしたので、非常に強い圧力を学校側からかけられたことがるる述べられている。

このシステムが現在どの程度機能しているのかはわからないが、これでは朝鮮学校への進学者が減少するのも当然だろう。朝鮮学校の卒業者や内部の関係者(特に親)は、このことについて、他に意見を公表していないのだろうか。

もうひとつの読みどころは、1970年代初頭に帰国事業で北朝鮮に帰国した著者の兄3人と、その後の彼らの生活である。70年代には、北朝鮮の惨状は在日社会では知られていた事実だったから、この時期に子供を、しかも3人も帰国させた著者の親は情報不足というより、バカである。実際、この本の中でも著者の父親が帰国させたことを後悔する場面が出てくる。著者の父親は朝鮮総聯の熱心な活動家だったので、組織の方針と異なることを考えられなかったのだろう。

その兄たちの生活だが、平壌の高層アパートでくらしているので、北朝鮮ではよい生活を送っている人々のカテゴリーに入る。しかし住んでいるアパートの13階の部屋に行くためのエレベーターは通常動かない。著者が訪問した時だけ、特別に動かしてくれたと書いてある。足は鍛えられるだろうが、13階まで毎日荷物を持って登り降りしなければならないのは大変だ。また電気の供給にも制限があるということだろう。さらに著者が体を洗うために、兄一家がたらい3杯のお湯を用意してくれたところ、それは髪を洗うためだけに使ってしまい、兄に「家族全員が体を洗えるお湯を頭を洗うために使ったね」と笑われる場面が出てくる。お湯を沸かすのに、どんな燃料をどの程度供給されているのかは書かれていないが、炊事、入浴、暖房のための燃料は非常に不足していることがうかがえる。

また、著者が父、母、著者と3人で平壌で父親の古希の祝いの会を催したエピソードがある。100人を呼んで宴会をやり、もちろん招待者にはおみやげも渡して、25万円かかったと書かれている。場所は冷麺で有名な玉流館。ここの冷麺ではないが、高級ホテルで冷麺1杯が3000ウォン、兄の給与が月に2000ウォンとあるので、北朝鮮では相当の贅沢な会だったことがわかる。

他にも、拉致問題に対する総連活動家の反応など、興味深い箇所が多かった。この本の内容がドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」に反映しており、次作「愛しのソナ」で、著者は北朝鮮入国禁止にされてしまうのだが、それはまた後の話。そちらも楽しみだ。