防衛戦略とは何か

西村繁樹『防衛戦略とは何か』、PHP新書、2012

冷戦末期、1980年代前半の日本の防衛戦略についての本。著者は陸幕防衛部防衛課員、陸自幹部学校教官から防衛大学校教授に文官として転官、2012年3月に退官という経歴の人。

著者の主張は、冷戦期において、日本は対ソ抑止戦略の上で重要な役割を果たしており、陸上自衛隊の「北方重視、前方対処」方針はその対ソ戦略の一部としてちゃんと機能していたというもの。

当然「51大綱」の基盤的防衛力構想における「限定的かつ小規模侵攻」との関連や、世界戦争と切り離して日本だけが攻撃されるというシナリオの現実性、久保卓也、高坂正堯ら当時の防衛政策策定における重要人物の考え方、防衛庁内部での戦略策定の仕組みなどの点にもきちんと言及されている。80年代に入ってから久保卓也が大綱見直しの必要性に言及していたというのははじめて知った。

また結局変わらなかった大綱の下で、日本の防衛計画がどのように方針転換されていったかという具体的な話について、教えられるところが多かった。80年代に展開されていた日米共同演習の意味についても、この本の記述で納得させられた。そして、印象的だったのは、著者の西廣整輝に対する評価。防衛力の運用はまったく無視して、「自衛隊アメリカに対して日本の意欲を示すために、ただ存在していればよい」とする西廣の考え方について、著者は非常に批判的。まあ制服の立場としては当然だろうが、西廣は90年代前半の日本の防衛政策決定の中心人物であり、そういう立場の人物が軍事戦略についてはほぼ無視して防衛政策を立てていたという話はけっこうインパクトが強かった。防衛庁でもそういうことを言う人がいるのは知っていたが、それはあくまで政策決定の中枢にはいなかった人の意見だと思っていた。

この本は著者の、陸上自衛隊在籍時代の回顧録という形をとっているので、人事や、人的ネットワークを著者がどのように作っていったという話も興味深い。著者のような主流ではない経歴で、防衛計画の策定や幹部学校での教育に携わる人もいるということははじめて知った。

本当なら、新書サイズではなく、この3倍くらいのボリュームで書いてほしかった本。「軍事戦略と国際政治を両方ともきちんとわかっていなければ戦略について論じられない」という著者の考えには非常にうなずかされる。