独裁者の教養

安田峰俊『独裁者の教養』、星海社新書、2011

ヒトラースターリン毛沢東など、いろんな独裁者の若いころについての文章と、著者がミャンマー北部、中国との国境地帯にあるワ族の居住地区に行ってみた体験記が半分半分に書かれている本。独裁者の小伝のほうはまったく面白くない。著者は、自分が取り上げた有名人の独裁者について、山ほど本が書かれていることくらいは知っているだろう。この本では、それらに付け加えるものがない。

この本のおもしろいところは、「ワ州潜入記」の部分。ミャンマー北部の少数民族といっても、中国語が通じ(著者は中国語が話せるので、中国語を話す人間としかコミュニケートしていない)、商売や、政府の事務を回しているのは中国人。しかし、ワ族にはワ族としてのアイデンティティがあり、それは漢族やビルマ人のそれとは違うもの。ということで、名目上はミャンマー国内の一地域ということになってはいるが、実質的には自立している。

昔、内戦に負けた国民党軍が逃げてきた話、その後ビルマ共産党軍が実権を握ったり、中国で下放された紅衛兵が流れこんできたり、といろいろややこしいところ。この本ではさらっと触れられているだけだが、このあたりのことを詳しく調べればおもしろい本になったのに。

著者は、国境から正規の手続きで入国しようとして追い払われ、ワ州政府の要人(中国人)と会って入国のつてを頼ろうとするがうまくいかず、結局売春宿で見つけたワ族の女の子の個人的なつてでワ州に入れることになる。このあたりの経緯もおもしろい。

ワ州潜入記だけでは本として売れないと判断されたのかも知れないが、書き尽くされた有名人の小伝などどうでもいいので、東南アジア辺境のややこしい実態を詳しく描いていれば、一冊ぜんぶがおもしろくなっただろうに。場所的には「黄金の三角地帯」の中心なので、当然麻薬は現地の主要産業。これも危ないがつっこみがいのあるテーマ。

せっかく現地まで行っているのだから、もっとちゃんと調べて、この地域の最新事情で一冊書いてもらいたい。もったいない。