密閉国家に生きる

バーバラ・デミック(園部哲訳)『密閉国家に生きる』、中央公論新社、2011

金正日も死んだということで、北朝鮮本を一冊。

この本は名著。北朝鮮の一般人の生活の内情を描いた本だが、著者は朝鮮語ができないし、もちろん北朝鮮に入国したところでまともな取材はさせてもらえない。著者が取った方法は、韓国に済む脱北者にインタビューすることである。しかしただインタビューするだけなら、類書はたくさんある。

この本が成功しているのは、清津という一つの街の出身者6人に焦点を絞り、彼らが北朝鮮にいた時の生活、脱北の過程、韓国に渡ってからのちの彼らの生活を綴りあわせてひとつの物語にまとめたことによる。一つの地域、北朝鮮では比較的大きな町だが、平壌ではない地方都市に焦点を合わせたことで、北朝鮮の一般人の生活がどのようなものだったかを一個人の体験に振り回されない形であきらかにすることができている。また、それぞれの個人の半生を長いページを使って描くことで、北朝鮮の90年代半ば以後の変化を、立体的に描くことに成功している。

そしてこの本を感動的なものにしているのは、取り上げたそれぞれの個人の生活の襞を細かく描くことで、北朝鮮住民の意識の変化を読者にも追体験できるようにしていることだろう。ジュンサンとミランの子供のような恋愛とその結末は、人間の生活の変化と、時間が人生にもたらす残酷さを鮮やかに示している。韓国に来た後に、脱北者たちが北朝鮮での体験について抱く複雑な感情や、憧れていた韓国での生活がもはやただの憧れではなくなってしまったことへの感慨は、北朝鮮という特殊な環境の制約を超えて、読む人の胸を打つ。

著者はこの本に登場する6人だけでなく100人に及ぶ人たちからインタビューをとり、この本を書くのに7年かけたという。その労力の重みが十分に感じられる本。