信長は謀略で殺されたのか

鈴木眞哉藤本正行『信長は謀略で殺されたのか 本能寺の変・謀略説を嗤う』、洋泉社新書y、2006

内容はタイトルのとおり。本能寺の変で、明智光秀の背後には実は黒幕がいた!という諸説を論破する本。

本能寺の変の経緯に関する著者の見解が、史料をもとにして示されるが、結論は史料批判をきちんとした上で合理的に解釈すれば、本能寺の変の背後に通説と異なる陰謀があったという話は成り立たないというもの。ここでの著者の解釈がきちんとしていることが話の大前提だが、さすがにそこは抜かりなく、「結果論ではない、史料を根拠とした解釈」という姿勢で一貫している。明智光秀がなぜ本能寺で信長を襲ったか、なぜ襲撃後に味方を糾合できなかったのか、なぜ信長だけでなく信忠も討ち取られてしまったのか、なぜ信長の遺体が見つからなかったのか、といった点について、ちゃんとした説明がされている。有名な「是非に及ばず」という信長の言葉の解釈も、「もはやどうしようもない」というよく見られる解釈ではなく、「是非を論ぜず、ただ戦え」といったとする解釈をとっていて、納得させられた。

後は、これもよくある「足利義昭黒幕説」と、比較的新しい「イエズス会黒幕説」が取り上げられて論破され、その後、ほかの陰謀説、羽柴、徳川、毛利、長宗我部、本願寺高野山、堺商人、朝廷=黒幕説が順番に潰される。最後に、陰謀説の共通の特徴が指摘されて、それらがなぜ成り立たないかが説明される。

陰謀説はそのまま聞くともっともらしいが、どれも史料の解釈が恣意的だったり、事実を整合的に説明していなかったり、結果論から原因を作り出してしまっていたり、結局話にムリがある。この辺は、古い歴史だけのことではなく、現代の陰謀論も同じ。著者はNHKの歴史番組が本能寺の変の珍説を繰り返し取り上げることが、この手の話が流通する原因のひとつだと言っているが、NHKはまじめな装いでけっこういい加減なことを平気でやっていることがあるので、この指摘は重要だと思う。