なまいき始め "9 to 5"にさよなら

岸本葉子『なまいき始め "9 to 5"にさよなら』、日之出出版、1990

図書館で、著者名「岸本葉子」を検索にかけたらたまげた。120冊以上あるのだ。これには共著も入っているが、それにしても、そんなに出してるのか・・・。そりゃ年収一千万円あるわけだわ。それで初期のものを読んでみようと思って探してみたら、出てきたのがこれ。処女作『クリスタルはきらいよ』泰流社、は、なかった。まあしかたがない。三冊目の本がこれだが、大学を出てからライターになるまでのことが書いてある。

この人は駒場の相関社会科学の卒業生だから、成績はかなりよかったはず。頭が良くなきゃ入れないのだ。そしてこの本は著者28歳の時に出ているので、駆け出しとはいえ、すでに作家だ。しかし、それにしては、文体がまるで学生みたい。昔の女子大生ブーム(それがイヤでご本人は最初の著書のタイトルを決めているのだが)にまるっきり乗っかっている感じだ。正確には、「女子大生の就職日記」が物珍しがられ、「女子大生」のくくりに入れられることをご本人は非常に嫌がっているのだが、この本の文章を読むと、これはそういうくくりにされても仕方がないでしょう、という気にさせるような文章になってしまっている。

下森真澄、宮村優子『ANO・ANO』、JICC出版局が1980年に出ていて(本書の中にも、著者が「ここなら出してくれるだろう」と思って最初の本の原稿をJICC出版局に持ち込んだエピソードが出てくる)、「オールナイトフジ」の放送は1983年に始まっているから、著者が学生の頃はまだ、ブームの余波はあっただろう。著者の就職先は東邦生命で、総合職の大卒女子は初めてだったと書いているから、そういう意味でも珍重されたはず。実際、『クリスタルはきらいよ』はフジテレビでドラマ化されている。

本の内容は、会社員と執筆の二足のわらじを履くことが実際にどれだけたいへんだったかということと、会社をやめて中国に語学留学し、結局作家になるまでのてんまつ。ほとんどは会社員時代のことに割かれていて、中国行き以後のエピソードはほんの少ししかない。執筆と会社員生活が時間的に両立しなかったという事情はある程度推察できるが、会社を辞めて中国に行くことになった経緯はあいまいにしか書いていないので、著者の悩みの焦点がいまいちよくわからない。著者自身にとっても、よく把握できていない感じがする。若書きなのはまあしかたがないか。

この本を出している「日之出出版」、『Fine』を出しているという程度のことは知っていたが、巻末の広告を見るとタレント本を出しまくっている。杉本彩『AYA もうひとりの私』、谷啓『ふたつの月』、松方弘樹松方弘樹の泣いた笑ったメチャクチャ愛した』などなど。吉田豪の書架に揃っていそうな並び。この本の内容同様、微妙だなあ。