おばさん未満

酒井順子『おばさん未満』、集英社、2008

儒教と負け犬」は無理やりひねりだした感があったが、こちらはいつものエッセイ。タイトルどおり、「もはやおばさんと言われても仕方のない年になったものの、自分ではそうは思っていないし、思いたくない著者の老化についての文章」。

髪、声、腹、口、性欲といった身体的なことから、冠婚葬祭、親、恋、友達といった人間関係のこと、服、女性誌、余暇、旅といった身の回りのこと、いろいろについて年を取って感じることが書かれていて、いちいち納得させられること多し。

参院議員の丸川珠代が、結婚前、36歳の時に議員が和服を着る会に振り袖姿で現れ、あまりの痛さに仰天したというネタにはけっこう笑えた。女の友情についての著者の説にも納得。

しかしかなり驚いたのは、著者がこの本を書いた時点で、原稿執筆にワープロ専用機を使っているということ。PCは持っているそうだが、乗り換える気が起こらず、機械はちゃんと動いているので昔のものをそのまま使っているのだそうだ。

機種はNECの「文豪ミニ5SX」だとのこと。自分もこれに近い型番の機種を昔使っていたのでなつかしいが、骨董として価値が出るものでもなし、文章の保存は3.5インチFDにしか出来ず、いつ壊れるかわからないような代物を大事にしていて怖くないのだろうか。書き物を職業にする人で、紙にしか書かないという人の話はよく聞くが、ワープロ専用機で通している人がいまでもいるとは知らなかった。

まだそういう機械を使っていると言うことは、ネット検索なども基本的にやらないということなのだろうか。まあ生活エッセイはそれでも差し支えなく書けるから別にいいのか。まあネットなんかやらなくても生きていける・・・ことはないない。やっぱり著者は偉人だと思う。

この本の装丁は、裸の幼女が花に包まれている絵で、「なにこれ」と思ってよく見たら、水森亜土のイラストだった。とにかく水森亜土がまだ現役で描いているということに驚いた。著者の子供の頃にはまだ流行っていただろう。自分の子供時代の思い出と、まだ子供気分でいる自分をかけている?いろいろ驚くことが多い本だった。