儒教と負け犬

酒井順子儒教と負け犬』、講談社、2009

「負け犬の遠吠え」がけっこうおもしろかったので、こちらも読んでみることにした。しかし、出来は微妙。

著者の考えによれば、日本だけでなく韓国でも少子化は急速に進んでいるので、これは男尊女卑の儒教の影響があるのではないかと思いついて一冊書いてみました、ということなのだが、はっきり言って本の内容は思いつきの域を出ていない。

最初の部分、韓国での「負け犬」(韓国語では「老処女」とのこと)、中国、上海の「負け犬」(中国語では、「余女」とのこと)の事情の紹介と「負け犬」同士、「勝ち犬対負け犬」の座談会はそれなりにおもしろい。ここだけなら、韓国でも中国の都市部でも、晩婚化、少子化は進んでいるし、その理由にも共通点はけっこうあるというようなことはまあわかる。

しかしそれだけでは負け犬と儒教をくっつけるのは弱いと考えたのか(そりゃそのとおり)、これだけでは本にするには分量が足りないと考えたのか、その後に日本の古い女子教育本(「女大学」とか)の話と、ネットアンケートによる、東京、韓国、上海の負け犬調査の分析の部分が続く。ここがつまらない。

現代日本の晩婚化、少子化を説明するのに、「女大学」などを引っ張り出してきて何か意味があるのか?だいたい儒教の専門家ではない著者が、儒教倫理=女大学=古い男女関係倫理と乱暴にくっつけるのも相当無理があると思う。

また、ネットアンケートは、調査の手順がちゃんと書かれていないことも問題だし、社会学の論文じゃないのだからそれはいいとしても、根本的に「儒教の影響があると思われる国同士を比べても、本当に儒教の影響で晩婚化、少子化になっているかどうかはわからない」という基本的なことがわかってない。

儒教の影響について議論したいのだったら、儒教圏じゃない国と比べないと意味がないんじゃないのか?読んでみると、日本、韓国、中国の相違点が相対的に強調されていて、著者の結論が裏付けられたとはいえない。だいたい「昔は男尊女卑」というのは、別に儒教圏に限らないのだし・・・。

著者は自分の思いつきを形にしたいのなら、基本的な文献を読んでからまず専門家のところに話を聞きに行ったほうがよかった。座談会みたいな著者の芸を生かせるような方法はいいが、古い文献調査や社会調査のようなことは著者の能力を超えている。また、実際に読んでみるとその部分はあまりおもしろくない。「もちはもち屋」なので、儒教が、なんて話を持ち出さなくても、近隣諸国の負け犬と語り合いましょうということで十分だと思うのだが。