三国志物語

野村愛正『三国志物語 男は、こう生き こう死んだ』、クレスト社、1993

野村愛正の「三国志物語」は、子供の頃、講談社の「世界名作物語」というシリーズが親の実家の書棚にあって片っ端から読んだ中にあり、その中で一番おもしろかった。最初に読んだ三国志演義の訳本なので、どうしても読みたかったのだが、これが図書館に入っていたことがわかったので、すぐに手に入れて読んでみた。

ところが、どうも子供の頃に読んだものとは少しだけ違うのだ。谷沢永一の紹介文があったのでそれを読むと、野村愛正は明治24年生まれ、昭和49年没の作家で、大正時代に活躍し、その後引退状態だったが、その後講談社で子供向きの小説翻訳に健筆を振るった人だという。そこで、この本だが、初版は昭和15年。この本は箱入りの立派な装丁で、これがわたしの読んだ版らしい。

ところが、昭和21年に再刊された時に、改訳されたのだという。このクレスト社から出ている版は、この改訳版を再刊しているのだが、改訳後に講談社で復刊したときには改訳前の元の版を使ったのだと書かれている。つまり、野村愛正「三国志物語」は二種類あることになる。

改訳、元の版での再刊という事情については、谷沢の解説文では触れられていないが、この二度目の版を読んでいると多少推測がつく。初版にはいくつか誤訳があり、それを直しているのである。例えば、劉備三兄弟が安喜県の県尉をしていたときに巡察しに来た督郵をむち打つ場面。初版では督郵を個人名としているが、改訳された版ではちゃんと役職名に改められている。ほかにも名詞の読み仮名の間違いなどはいくつも訂正されている。

で、通読してみると、徹底的に劉備と蜀中心のお話になっていて、そこに関係ないエピソードはほとんど省略されている。官渡の戦いなど、その名前すら出てこない。孫権と呉の事跡も、劉備と蜀に関係ない部分はほぼ無視されている。こういう本を何十回(周りに子供向けの本が少なかったので、ほんとうに何十回も読んだのだ)も読むと、徹底的に劉備善玉論が頭にしみこんでしまい、後で他の訳本を読むとどうも違和感が強くて読めないことになってくる。北方謙三の版(これはもはや翻訳ではなくて二次創作物だが)は、わたしには到底受け入れられない。百二十回本の訳本では、ちくま文庫の井波訳、徳間文庫の立間訳はいいけど、岩波文庫の小川訳、講談社文庫の安能訳はダメ。

こう見てくると、最初にどの訳本を読むかはだいじだ。この野村訳のいいところは、戦前のちょっと漢文調の文体とそこから醸し出される重厚感。実はその点では、この改訳版はいまいちで、最初の訳本のほうがいいのだが、しかたないか。谷沢永一の解説文でもその点が強調されていて、そこには同意。ただし、巻末の三国志解説はいらない。あと、この版では、最初に物語全体のあらすじを説明する小文がつくという致命的な欠陥が・・・。そんなことしたら、結末がわかってしまうではないか。登場人物が多いこの本を子供にわかりやすくしようという配慮なのかもしれないが、この文章は余計。