平壌クーデター作戦

佐藤大輔平壌クーデター作戦 静かなる朝のために』、徳間書店、2003

北朝鮮にクーデターが起こったら・・・という架空設定の小説。しかし出来はあまりよくない。

一番問題なのは、どうやってクーデターを起こせるだけの部隊の指揮官を集めるかということだろう。この本では、いったん声を掛けて将校を集めてから、あえてほとんど射殺してしまい、スパイをあぶり出してから残った者だけでやるという筋立てになっているのだが、それで残った者のうち信頼できるのが3人だけとなっている。しかし、そんな事件が首都の部隊で起こったなら、すぐに金正日に急報されて直属の護衛部隊以外は全部禁足、武装解除されるだろう。しかも、クーデター部隊の指揮官は金正日の確実な居場所を確認しないで行動しているのである。そんな穴だらけの計画がうまくいくか?

ほかにも納得できない筋立ては多いのだが、非常に違和感を覚えるのは、北朝鮮の軍人やアメリカの首脳部らの会話での細かい台詞や描写である。例えば金正日のことを、クーデター派の軍人は「ユーラ」と呼んでいる。金正日がいつから正日と呼ばれるようになったかについてはいくつかの説があるようだが、高級中学校時代に改名したという遅い方の説をとったとしても、末端の若い軍人がそんなことを知っていて、そういう名前で金正日のことを呼ぶだろうか。北朝鮮の体制をちょっとなめている。また、アメリカの大統領とスタッフの会議でお互いをナチスドイツの高官になぞらえるような会話をしているが、これは絶対にあり得ない。

それに金正日が「バカ殿様」のように描写されていることも、リアリティのないことおびただしい。金正日の自問自答のなかで「ボクは」という表現が使われている。この小説が出版された時点で、金正日は61歳である。還暦をすぎた人間の描写として、これはありえないし、金正日は思考の幼稚なバカ殿様ではまったくない。

他にも「これはありえない」という設定や筋立てが多数あり、このテーマについて書くための基本的な見識に欠けている。困った本である。